🎓 |学歴サマリー
| 小学校 | 信州大学教育学部附属松本小学校 ※大阪・東京の小学校を経て転校(校名不明) |
|---|---|
| 中学校 | 信州大学教育学部附属松本中学校 → 大阪教育大学附属天王寺中学校(偏差値:65) |
| 高校 | 大阪教育大学附属高等学校 天王寺校舎(偏差値:73) |
| 大学 | 大阪府立大学 経済学部(※本人発信により中退) |
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芸能人の卒業大学一覧【大学別】|出身有名人と学歴を徹底まとめ
菅広文さんといえば、お笑いコンビ「ロザン」のボケ担当として知られる存在です。
知性派漫才、高学歴芸人という文脈で語られることも多く、吉本興業の情報誌「マンスリーよしもと」では男前ランキングに13年連続でトップ10入りした経歴もあります。
ただし、菅さんの学歴は「偏差値が高い」という一言では語れません。
そこには、父親の転勤による度重なる転校、友人関係への葛藤、そして相方・宇治原史規さんとの出会いという、人生の分岐点が幾重にも重なっています。
- 菅広文さんの小学校から大学までの学歴と偏差値
- 転校を繰り返した学生時代の背景とエピソード
- 相方・宇治原史規さんとの出会いと学歴の関係
- 「高学歴芸人」と呼ばれるようになった理由
菅広文が卒業した小学校
菅広文さんが最終的に卒業した小学校は、長野県松本市にある
信州大学教育学部附属松本小学校です。

小学校時代のエピソード
1976年10月29日、大阪府高石市に生まれた菅さんは、両親との3人家族。
父親の仕事の都合により、大阪・東京・長野と複数の地域で小学校生活を送っています。
大阪から東京への転校は小学2年生のとき、さらに小学4年生の2学期には長野へ転校。
この経験から、菅さんは「仲の良い友達をあえて作らない」という選択をしたことを、後年の著作で振り返っています。
仲の良い友達と離れるのがあまりにもつらくて、
「だったら最初から深くならない方がいい」と思った。
(著書『京大少年』より)
菅広文が卒業した中学校
中学校はまず、信州大学教育学部附属松本中学校へ進学。
偏差値はおよそ52とされています。

しかし中学1年生の途中、再び父親の転勤により大阪へ戻ることになります。
そこで転入したのが、国立の難関校として知られる
大阪教育大学附属天王寺中学校です。

こちらの中学校の偏差値は65前後。
たまたま転出者が出たタイミングで編入できたとされています。
菅広文が卒業した高校
菅広文さんの高校は、大阪教育大学附属高等学校 天王寺校舎・普通科です。
偏差値は驚きの73とされ、大阪でもトップクラスの進学校として知られています。

こちらの高校は大阪でも屈指の進学校で、卒業生にはノーベル医学生理学賞を受賞した山中伸弥さんをはじめ、京大・東大など国立大学や有名私立大学へ進学する生徒も多くいます。
お笑い芸人ではエハラマサヒロさんも卒業生として知られています。
高校時代のエピソード
高校ではバスケットボール部に所属。
同じくバスケットボール部だった【ロザン】相方の宇治原史規さんとここで初めて出会います。
なお、宇治原史規さんの学歴(小学校・中学・高校・大学)と偏差値についてはこちら↓

プライベートで頻繁に遊ぶ関係ではなかったものの、宇治原さんと話していると「楽しい」と感じていた菅さん。
思い切って「芸人にならへん?」と声をかけると、宇治原さんも即快諾したとされています。
また、芸人として話題になるために「大学を出て高学歴芸人を目指そう」という方向性も共有。
学業成績がトップクラスだった宇治原さんに京大を目指してほしいと要請し、2人は夢に向かって走り出します。
菅広文が卒業した大学
菅広文さんは高校卒業後、大阪府立大学・経済学部へ進学しています。
偏差値は58とされています。

大学時代のエピソード
実は、菅さんが大学に入学したのは1年後。
最初の受験に失敗し、翌年に大阪府立大学を目指して河合塾へ通っていたとされています。
そんな浪人期、河合塾で行われた講演会で、吉本興業のブレーン的存在として知られる竹中功さんを見かけた菅さん。
講演会終了後、「大学へ受かったら吉本に行きたい」と思いを告げると、「受かったら電話しな」と名刺をもらったそうです。
そしてセンター試験で700点満点中600点近い得点を取り、大阪府立大学に合格。
竹中さんに会いに行くと、心斎橋筋2丁目劇場で毎週日曜に開催され、素人参加も可能なオーディションを受けるよう勧められます。
菅さんが大学1年生、宇治原さんが大学2年生の時にお笑いコンビ『ロザン』を結成します。
お笑い芸人としての経歴

吉本興業のオーディションを50回以上も落ち続けていた『ロザン』ですが、合格したのは初挑戦から1年半後。
当時、菅さんは2年生、宇治原さんは3年生になっていました。
合格時に提出したプロフィールの学歴欄に「京大」「大阪府立大」と並んでいたことから、吉本興業の社員はかなり驚いたとされています。
翌日には関西のスポーツ新聞全社から「高学歴芸人」として取材を受けます。
そして1998年2月、心斎橋筋2丁目劇場のイベントでプロとして初舞台を踏み、以降さまざまな実績を積み上げて現在に至ります。
- 菅広文さんは信州大学教育学部附属松本小学校を卒業し、父親の転勤で大阪・東京・長野と転校を経験しています。
- 中学は松本附属から大阪教育大学附属天王寺中へ転入し、内部進学のルートもある環境で学びました。
- 高校は大阪教育大学附属高校天王寺校舎(偏差値73)で、バスケ部で宇治原史規さんと出会いコンビ結成へつながります。
- 大学は大阪府立大学経済学部に進学し、のちに「高学歴芸人」として注目されるきっかけを掴みました。
菅広文の学歴に関するよくある質問
おわりに
ここまで、菅広文さんの小学校から大学までの学歴(偏差値)と、そこからつながる経歴をまとめてきました。
「高学歴芸人」という言葉が先に立ちがちですが、実際には転校の多い環境の中で、関係性や選択を積み重ねてきた軌跡が見えてきます。
漫才だけに留まらず、相方の宇治原さんや、過去の自分を題材とした小説を出版するなど、多方面で活動する菅広文さん。
この先のさらなる活躍も楽しみですね。
最後まで読んで下さりありがとうございました。
プロフィール表
| 名前 | 菅広文(すが ひろふみ) |
|---|---|
| 本名 | 同じ |
| 担当・立ち位置 | ボケ担当(向かって右) |
| ニックネーム | 菅ちゃん |
| 生年月日 | 1976年10月29日 |
| 出身地 | 大阪府高石市 |
| 血液型 | A型 |
| 身長 | 162cm |
| 趣味 | デビルマンのファン |
| 特技 | 小説『京大芸人』を講談社より刊行。2009年11月24日には続編『京大少年』を刊行し、二冊合わせて20万部を売り上げた |
| 芸風 | 漫才 |
| 事務所 | 吉本興業東京本社 |
| 活動時期 | 1996年 |
| 同期 | ライセンス、すっちー など |
| 配偶者 | 一般女性(2018年 – ) |
情報ソース(確認できた範囲)
本記事は、吉本興業の公式プロフィール、菅広文さん本人の発信(note等)、出版社(講談社)の書誌情報など、一次・準一次情報を優先して照合しながら整理しています。学歴については、在籍・転入・中退など「言い回しで誤解が生まれやすいポイント」があるため、断定できない事項は無理に決めつけず、確認できた根拠に沿って記述しました。
・吉本興業 公式プロフィール|菅広文
・ロザン菅 note|大阪公立大学の入学式の裏話
・講談社|京大芸人(書誌)
・講談社|京大少年(書誌)
※学校の偏差値は年度・模試・資料により変動します。記事内では一般的に流通する目安値として記載しています。

