桑田佳祐の学歴まとめ|青山学院大学経営学部・高校の偏差値・除籍の理由を解説

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🎓 桑田佳祐|学歴サマリー

小学校 茅ヶ崎市立茅ヶ崎小学校(神奈川県茅ヶ崎市)
中学校 茅ヶ崎市立第一中学校(神奈川県茅ヶ崎市)
高校 鎌倉学園高等学校(偏差値68前後・神奈川県鎌倉市の進学校)
大学 青山学院大学 経営学部(偏差値62前後)に進学するも、音楽活動専念のため後に除籍
最終学歴 鎌倉学園高等学校 卒業

※偏差値は当時の目安値です。最新の数値とは異なる場合があります。

デビューから半世紀近くが経った現在でも、第一線で圧倒的な存在感を放ち続ける桑田佳祐さん。
「桑田佳祐 大学」「桑田佳祐 学歴」「青山学院大学 経営学部」と検索してきた方の多くは、
どんな学校を卒業し、どんな学生時代を過ごし、どのようにしてサザン結成に至ったのかを知りたいはずです。

そこで本記事では、桑田佳祐さんの小学校〜大学までの学歴と学生時代のエピソードを、本人の発言や公式資料をもとに解説します。

この記事を読むとわかること

  • 桑田佳祐さんの出身小学校〜大学までの学歴と偏差値がひと目でわかる
  • 青山学院大学経営学部時代に、どのようにしてサザンオールスターズ結成へとつながっていったのかがわかる
  • 幼少期〜中学時代のエピソードから、音楽とボウリングにのめり込んだ背景が見えてくる
  • 高校・大学での選択が、後の国民的バンドのフロントマン誕生にどう影響したのかがわかる
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    1. 🎓 桑田佳祐|学歴サマリー
  1. 桑田佳祐の学歴を一覧で確認(年表)
  2. 桑田佳祐の出生地と家族構成
    1. 神奈川県茅ヶ崎市南湖で生まれた“海の街育ち”
  3. 桑田佳祐の出生
    1. 家族構成は4人家族|お姉さんは「いとしのエリー」のモデル?
  4. 桑田佳祐の家族構成
  5. 桑田佳祐が卒業した小学校|茅ヶ崎市立茅ヶ崎小学校時代のエピソード
    1. 茅ヶ崎市立茅ヶ崎小学校とは?
    2. 小学生でビートルズにハマる|音楽の成績は「1」なのに将来の夢は歌手
  6. 桑田佳祐が卒業した中学校|茅ヶ崎市立第一中学校と野球部エース時代
    1. 茅ヶ崎市立第一中学校の環境と有名人
    2. 野球部エース&クラスのエンターテイナーとしての素顔
  7. 桑田佳祐が卒業した高校と偏差値|鎌倉学園高等学校は偏差値68の進学校
    1. 鎌倉学園高等学校のレベルと有名人
    2. 英語とボウリングに熱中した高校時代
  8. 桑田佳祐が進学した大学と偏差値|青山学院大学経営学部時代と“除籍”の真相
    1. 青山学院大学経営学部に現役合格
    2. 大学での出会いとサークル活動|原由子さんとの“運命の階段”
    3. 大学は「除籍」扱いに|最終学歴は高卒
  9. 桑田佳祐の芸能界入りのきっかけは?|EastWest受賞から「勝手にシンドバッド」へ
    1. アマチュアバンドコンテスト『EastWest』でベストボーカル賞
    2. 1978年「勝手にシンドバッド」でメジャーデビュー
  10. 桑田佳祐のデビューから現在に至るまでの経歴
  11. 学歴から見る桑田佳祐|進学校出身の“学力”と、あえて大学を捨てた決断
  12. 桑田佳祐のプロフィール
  13. この記事のまとめ
  14. 桑田佳祐の学歴に関するよくある質問
  15. おわりに

桑田佳祐の学歴を一覧で確認(年表)

まずは、小学校から大学までの学歴を、年齢とともにざっくり振り返っておきます。

年齢 出来事
1956年 0歳 神奈川県茅ヶ崎市南湖6丁目で誕生
1962年 6歳 茅ヶ崎市立茅ヶ崎小学校に入学
1968年 12歳 茅ヶ崎市立第一中学校に入学(野球部でエースを務める)
1971年頃 15歳 鎌倉学園高等学校に進学(偏差値68の進学校)
1974年 18歳 青山学院大学経営学部に入学。軽音サークルでの活動がサザン結成へとつながる
1978年 22歳 サザンオールスターズとして「勝手にシンドバッド」でデビュー。大学は音楽活動専念のため除籍扱いに

桑田佳祐の出生地と家族構成

神奈川県茅ヶ崎市南湖で生まれた“海の街育ち”

桑田佳祐の出生

桑田佳祐さんは1956年2月26日、神奈川県茅ヶ崎市南湖6丁目で生まれます。

家族構成は4人家族|お姉さんは「いとしのエリー」のモデル?

桑田佳祐の家族構成

家族構成は、お父様、お母様、お姉様、桑田佳祐さんの4人家族。



お姉様は「いとしのエリー」のモデルとも言われる、女性ミュージシャンおよび作詞家の岩本えり子さん。
お父様は映画館や飲食店を経営したりと忙しく働く人だったそうで、商売人の背中を見ながら育ったことも、後の“エンターテイナー気質”に通じていそうです。

桑田佳祐が卒業した小学校|茅ヶ崎市立茅ヶ崎小学校時代のエピソード

茅ヶ崎市立茅ヶ崎小学校とは?

1962年に※1茅ヶ崎市立茅ヶ崎小学校に入学した桑田さん。
湘南エリアの公立小学校で、卒業生には加山雄三さん(俳優、歌手、タレント)や杉本哲太さん(俳優)など、芸能界で活躍する顔ぶれも名を連ねています。

茅ヶ崎小学校の外観

小学生でビートルズにハマる|音楽の成績は「1」なのに将来の夢は歌手

その頃から早くも将来の夢は歌手と漠然と考えていたんですが、
話の通じない先生によっては、ひとまず建築家や弁護士になりたいと答えていたとの事。(無難ですね!)

吉田拓郎や井上陽水など、桑田さんより上の世代が『ビートルズ』に影響を受けたという話はよく聞きますが、
桑田さんも例にもれず、なんと小学校2年生くらいの頃からビートルズを聴きはじめていたそう。 これはお姉様の影響が大きいみたいです。



ところで、意外なことにこの頃の桑田さん、音楽の成績は毎回「1」で、良くても稀に「2」だったそう。
性格もおとなしかったそうで、「今のステージ上の姿からは想像がつかない」という声も多いですよね。

※1卒業生には加山雄三さん(俳優、歌手、タレント)や杉本哲太(俳優)さんがいます。

桑田佳祐さんは1956年(昭和31年)生まれで、6歳の1962年(昭和37年)4月に茅ヶ崎市立茅ヶ崎小学校に入学し、12歳の1968年(昭和43年)3月に卒業しています。

桑田佳祐が卒業した中学校|茅ヶ崎市立第一中学校と野球部エース時代

茅ヶ崎市立第一中学校の外観

茅ヶ崎市立第一中学校の環境と有名人

中学は1968年に※2茅ヶ崎市立第一中学校に入学。
地元の公立中学校ですが、ここからも後のサザンオールスターズの名付け親・宮治淳一さんなど、音楽関係の人物が多数生まれています。

野球部エース&クラスのエンターテイナーとしての素顔

明るい性格のエンターテイナー性も開花して、教壇では前川清のものまねをしたりと桑田さんの独壇場。黒板消しをマイクにして、コンサート会場さながらに歌い、教室でもひときわ目立つ存在だったとか。

また、部活は野球部に所属してエースを務めていました。
同じ野球部にはサザンオールスターズの名付け親・宮治淳一さんがおり、この頃からの付き合いが、のちのバンド結成へとつながっていきます。


同じ野球部で汗を流した同級生は当時を振り返ってこう語っています。

OBがコーチをしてくれてたんですけど、その人はサイドスローに転向させるのが好きで、桑田君も横から投げるようになりました。コーナーを丹念に突き、低めにボールを集めて、打たせて取るピッチングでした。おかげで私のところによくゴロが飛んできました。変化球はカーブくらい。当時としてはそんなもんでしょう。 厳しいチームで、正月くらいしか休まない。1年中練習をしていました。

弟が幼稚園から中学まで同級生だったため、桑田さんのことをよく知る人は、こんな証言も残しています。

「中学時代は野球部で、王や長嶋の真似をしていました。 でも野球よりボウリングが得意で、当時茅ヶ崎にあったパシフィックホテルのボウリング場に通い、ジュニアの大会で優勝したほどの腕前でした。 演歌が好きで、弟と一緒にレコード店に行った時には、前川清のLPを買ったそうです」

そういえば桑田さんのボウリングの腕前はかなりのものと聞いたことがありますが、この頃からすでにハマっていたんですね。

桑田さんの中学時代の通学路に建つパン屋、店主の高橋ツナ子さんも当時をこう語っています。

「部活が終わるとおなかが空くんでしょう。5~6人で寄るんですよ。特別に、魚肉ソーセージとレタス、トマトを挟んだドッグを作ってあげました。」

高橋さんは7年前に夫を失った。すると「便箋5枚の手紙が来て。『清月の灯を消さないように頑張れますか?』と書かれていて、泣いちゃいました」。



今では「サザン佳祐ドック160円」としてお店の名物になっているそうですよ!

⓵⓶⓷ 以上、週刊朝日2017.9.19 より掲出

※2卒業生には宮治淳一さん(音楽評論家、ディスクジョッキー)では加山雄三さん(俳優、歌手、タレント)や杉本哲太(俳優)さんがいます。

桑田佳祐さんは12歳の1968年(昭和43年)4月に茅ヶ崎市立第一中学校に入学し、15歳の1971年(昭和46年)3月に卒業しています。

桑田佳祐が卒業した高校と偏差値|鎌倉学園高等学校は偏差値68の進学校

鎌倉学園高等学校のレベルと有名人

桑田さんの高校は鎌倉学園高校です。

鎌倉学園

卒業生には大御所・堺正章(さかい まさあき)さんもいる、鎌倉の名門校なんですね。

偏差値68とは例えば100人中上位3.5%の成績の猛者が集う高校! おおざっぱな目安では、200人中7位、40人クラスなら2位または1位ぐらいの生徒が集う学校です。

芸能人難関65~69偏差値高校ランキング(2025年度版)とその後の進路でも、鎌倉学園は上位にランクインするレベルの進学校として紹介しています。

英語とボウリングに熱中した高校時代

桑田さんの曲は昔から英語の歌詞が多いですが、この頃の得意科目はやはり英語だったそうです。
一方で、ボウリングにも熱中し、アベレージは200越え。



本気でプロボウラーになろうと考えていたそうなんですね〜。

ただ、ボウリングのレーンの規定などが変わってからフォームが決まらず、プロボウラーの夢を諦め、小学生からの夢だった歌手に関心が移っていきます。

ちなみに2016年、親交のある矢島純一プロに還暦祝いとしてマイボールをプレゼントされて以降ボウリングを復活。2017年には279点(10フレーム目の1投目を9本、2投目に残りの1本を倒した他はすべてストライク)という高記録を達成しています。

桑田佳祐さんは15歳の1971年(昭和46年)4月に鎌倉学園高等学校へ進学し、18歳の1974年(昭和49年)3月に卒業しています。

桑田佳祐が進学した大学と偏差値|青山学院大学経営学部時代と“除籍”の真相

青山学院大学経営学部に現役合格

桑田佳祐さんの大学は青山学院大学経営学部です。
偏差値は62

青山学院大学

1974年春、桑田さんは青山学院大学経営学部に入学。
受験勉強では英語と現代文を重点的に勉強し、「大学ではバンド活動に打ち込みたい」と考えていたと言われます。

大学での出会いとサークル活動|原由子さんとの“運命の階段”

彼はいつもお金を持っていなかった。というのも、お金があると、友達に奢ってしまい、所持金を全部使ってしまう。翌日からは素寒貧になるわけで、彼の今につながるエンターテインメント性の一つのような気もする。  公開: 更新:

桑田さんが2年生の時、軽音楽サークルに向かう階段で、その時新入生だった将来の妻・原由子さんに初めて出会います。

後に原由子さんは、桑田さんへの第一印象を「何となくいじめっ子」と語っていますが、
同時に、そのときエリック・クラプトンを聴いていた桑田さんに強い共感を覚えたそうです。

そして桑田さんのいる「青山フォーク・ソング 出発(たびだち)」というサークルに入部。
サークルはその後分裂し、新たに※『Better Days』を立ち上げ、バンド活動も本格化していきます。

互いに才能を認め合い、サザンオールスターズが結成されたのです。

実は桑田さん、大学受験では青山学院大学のほかに明治学院大学にも合格していました。
最終的に青山学院大学を選んだおかげで原さんと出会い、“サザンの桑田佳祐”が誕生したわけですが、
もし明治学院大に進学していたら、今とはまったく違う音楽史になっていたかもしれませんね。

ちなみに。デビュー翌年の1979年、桑田さんが原さんに「ずっと一緒にいよう」と告白したことから交際がスタート。桑田佳祐さんが電話で愛を込めて歌って聴かせた曲が「いとしのエリー」だったと言われています。

その後、桑田佳祐さんと原由子さんは1982年に結婚しました。
※『Better Days』は「Ya Ya (あの時代ときを忘れない) 」の歌詞の一節として描かれています。桑田さんにとって、大学時代はまさに“青春そのもの”だったといえそうです。

大学は「除籍」扱いに|最終学歴は高卒

ただし、音楽活動が本格化するにつれて、大学の授業に出る時間は少なくなっていきます。
結果として、青山学院大学経営学部は卒業ではなく「除籍」扱いとなっており、最終学歴は鎌倉学園高等学校卒です。

桑田佳祐さんは1974年(昭和49年)4月に青山学院大学経営学部に入学し、その後サザンオールスターズとしての活動に専念するため、在学中に除籍となったとされています。

桑田佳祐の芸能界入りのきっかけは?|EastWest受賞から「勝手にシンドバッド」へ

アマチュアバンドコンテスト『EastWest』でベストボーカル賞

サザンオールスターズのデビューのきっかけは1977年のこと。

ヤマハが主催し、シャネルズ(1977年入賞、1978年優秀グループ賞)やエレファントカシマシ(1980年)、SHOW-YA(1981年レディース部門優秀グループ賞、1982年同グランプリ)などを輩出したアマチュアバンドコンテスト『EastWest』

1977年、このコンテストに参加した桑田さんはベストボーカル賞を受賞

1978年「勝手にシンドバッド」でメジャーデビュー



まだ学生だった桑田さんですが、翌1978年、サザンオールスターズとして『勝手にシンドバッド』でビクターよりメジャーデビューを果たします。

【青山学院大学まとめ】
・学部:経営学部
・入学:1974年(昭和49年)
・卒業:×(除籍扱い)
・偏差値:62前後
・サークル:青山フォーク・ソング 出発/Better Days
・出来事:原由子と出会う/サザン結成

桑田佳祐のデビューから現在に至るまでの経歴

その後の活動は、改めて細かく説明しなくても、常に日本のミュージックシーンの最前線を走り続けていると言っていいでしょう。





ざっと40年以上にわたり、音楽に、テレビに、ラジオに、書籍に――と、
着実に実績を積み上げ、今なお第一線で活躍を続けています。

学歴から見る桑田佳祐|進学校出身の“学力”と、あえて大学を捨てた決断

ここまで学歴を振り返ると、桑田さんは「地元の公立校 → 進学校 → 有名私立大学」という、かなり王道のエリートコースを歩んでいることがわかります。

  • 小・中学校でビートルズや演歌に触れ、早くから音楽への感度を高めていた
  • 鎌倉学園高校という偏差値68の進学校で、英語とボウリングの二刀流に打ち込んでいた
  • 青山学院大学経営学部に現役合格し、サークル活動からサザン結成へとつなげた

一方で、せっかく入った大学を卒業せずに「除籍」という形を選んだのも、
「学歴よりも音楽で生きる」という覚悟の表れと考えられます。

桑田佳祐のプロフィール

本名:桑田 佳祐
愛称:けいちゃん、桑っちょ、桑田くん ほか
生年月日:1956年2月26日
血液型:AA型(ちなみに原由子さんはB型)
出身地:神奈川県茅ヶ崎市
身長:170㎝
所属:アミューズ
職業:シンガーソングライター
ジャンル:ポップ・ロック
活動期間:1977年 –
公式サイト:SOUTHERN ALL STARS OFFICIAL SITE

この記事のまとめ

この記事のまとめ

  • 桑田佳祐さんの出身小学校は茅ヶ崎市立茅ヶ崎小学校、中学校は茅ヶ崎市立第一中学校で、地元・茅ヶ崎で基礎を築いた。
  • 高校は偏差値68の鎌倉学園高等学校。英語が得意で、ボウリングはアベレージ200超えという意外な一面も。
  • 大学は青山学院大学経営学部に進学。サークル活動を通じて原由子さんと出会い、サザンオールスターズ結成へとつながった。
  • 音楽活動に専念するため大学は除籍となり、最終学歴は高卒だが、その選択が国民的バンドのフロントマン誕生につながった。
  • デビューから40年以上、ソロとサザンの両輪で日本の音楽シーンを牽引し続けている。

桑田佳祐の学歴に関するよくある質問

Q1. 桑田佳祐の出身大学はどこですか?卒業していますか?
A. 出身大学は青山学院大学 経営学部です。ただし音楽活動に専念するため通学しなくなり、最終的には除籍となっているため、卒業はしていません。
Q2. 最終学歴は高卒ですか?
A. はい。最終学歴は鎌倉学園高等学校卒業となります。大学には進学しましたが除籍扱いのため、学歴としては「高卒」です。
Q3. 鎌倉学園高校の偏差値はどれくらいですか?
A. 記事内では偏差値68前後としています。100人中およそ上位3〜4人が集まるレベルの進学校です。
Q4. 青山学院大学ではどんなサークルに入っていましたか?
A. 青山学院大学では「青山フォーク・ソング 出発(たびだち)」というフォーク系サークルに所属し、その後サークルが分裂して立ち上げた『Better Days』などを拠点にバンド活動を本格化させました。
Q5. 小学校や中学校時代から音楽は得意だったのですか?
A. 意外にも、音楽の成績は「1」か良くて「2」というレベルだったと本人が語っています。ただ、小学生の頃からビートルズを聴き、中学では前川清のものまねでクラスを沸かせるなど、すでに音楽センスとエンターテイナー気質は芽生えていました。

おわりに

デビューから現在まで、その音楽活動が全くブレずに、老若男女が好感を持っている『サザンの桑田佳祐』あるいは『ソロの桑田佳祐』。
進学校から有名私大という学歴を持ちながらも、そのレールにとらわれず音楽に賭けたからこそ、今の“国民的シンガー”があるのかもしれません。

一日でも長く、その歌声を聴かせてほしい――そう願っているファンは、きっとこれからも増え続けていくはずです。

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