ゲスの極み乙女のボーカル・ギター担当として活躍する川谷絵音(かわたに えのん)さん。
現在「indigo la End」「ゲスの極み乙女」「ジェニーハイ」「ichikoro」「礼賛」のバンド5グループを掛け持ち作曲までこなしています。
たで、曲作りが早いあまり、スマホに保存した数多くの曲は本人も覚えていない曲も保存されているとか?
また、現在は他のアーティストにも楽曲提供を行っているそう。
今回はそんな ”川谷 絵音の学歴(小学校・中学・高校・大学)と偏差値及び経歴”ををご紹介させて頂きますね。
川谷絵音の学歴・大学院
川谷さんの大学院は東京農工大学大学院・応用分子科学科です。
大学院では応用分子化学を専攻しいた川谷さん。
後述しますが、大学4年の2010年に結成した「indigo la End(インディゴ ラ エンド)」。
一時はメンバーが離脱し、活動休止状態に追い込まれたものの、なんとか再開し2012年「さようなら、素晴らしい世界」を全国初リリースしミュージシャンとして覚醒!
同年には「ゲスの極み乙女。」も結成します。
そして次第にミュージシャンとしての活動が忙しくなると大学院を中退。
ミュージシャンとしての活動1本に打ち込みます。
応用分子化学を専攻してました。セラミックの研究室に入ってるときに「CD出しませんか」っていう話になって。最終的に親に相談して退学を決めました。
引用元:婦人公論.jp (https://fujinkoron.jp/articles/-/2382?page=2)
2014年には両バンド同時にメジャーデビューと、加速度的に人気アーティストの仲間入りを果たしています。
川谷絵音の学歴・大学
川谷さんの大学は東京農工大学応用分子科学科(偏差値50.0 – 62.5)です。
中学で長崎市に転校したんですけど、めっちゃ田舎だし、学校は不良が多くてめちゃくちゃ荒れてたし。だから早く抜け出したかった。東京へ行こうと。私立はお金がかかるから国立、東京の国立で理系と考えて、農工大にした、ただそれだけ。何がやりたくてというのはないんです。
引用元: 文春オンライン (https://bunshun.jp/articles/-/37547?page=2)
この大学に進学した動機についてこう語っていた川谷さん。
入学後に軽音楽部に入り、軽音楽部の1年生のみでACIDMAN(アシッドマン)のコピーバンドを結成。
mixiでベーシスト、ギタリスト、ドラマーを募集して本格的なバンドを結成しようとしますが、軽音楽部外でバンドを結成したという事で他の部員達から責められて軽音楽部を退部する羽目に!
これに嫌悪感を覚えた川谷さん。
ナント路線を変えて『お笑い芸人を目指そう!』と人力舎の養成スクールに通おうとしたんだとか。
養成スクールの入学金を貯める為、バイトをする傍ら、大学4年の2010年に結成した「indigo la End(インディゴ ラ エンド)」。
ただ結成後、メンバーが諸事情で辞めていき、バンドは活動休止状態でした…。
川谷絵音の学歴・高校
川谷さんの高校は長崎県立長崎東高等学校です。
偏差値は驚きの64
長崎県立長崎東高等学校は、公立では珍しい中高一貫進学校で、卒業生には政治家の谷川弥一やアナウンサーの小島一慶、ストレイテナーのホリエアツシ等、政財官学をはじめとする各界に有名人を排出している地元の名門校です。
部活はサッカー部。
小学校5年から始めたサッカー、中学時代は転校を機に一時離れていましたが、高校で再開。
しかし再開も空しく、間もなく肺の病気で退部しています。
その後、初めてバンドを結成した川谷さん。
因みにこの同級生とは殆ど話したことが無かったとか。
ボーカルは当時楽器演奏が出来なかったことで川谷さんが担当し、作曲も携帯電話のボイスメモに歌を吹き込む形で作りましたが、ライブハウスのイベントに出演した際に、隠して来たバンドの存在をクラスメイトに知られ、何故かバンドは解散してしまいます。
川谷絵音の学歴・中学校
川谷さんは中学1年生まで佐世保市内の中学校に通学していましたが、中学校は公開されていませんでいた。
中学生の時の部活は小5から始めたサッカー。
ただし、友達に誘われて所属したものの、この頃はサッカーが嫌でたまらなかったそう。
また、中学生になった途端にスレたという川谷さんでしたが、1年の過程を終えた頃、一家は長崎に転居し、川谷さんも転校します。
中学校になった瞬間、俺、すごいスレたんですよ。小学校の時はなんかワ~ッてやってたのに、中学校になった瞬間、すごく物静かな青年になったんです。なんか周りに何も言えなくなってきて、ここの人間関係とか、ほんとどうでもいいなあと思ってたんで。転校決まった時はガッツポーズしましたね
引用元:rockinon.com(https://rockinon.com/feat/kawatanienon_201501)
転校先は 長崎県立長崎東中学校です。
長崎の高校に転校した川谷さん。
当時はサッカー部が無かった様で、嫌だったサッカーから一時解放されますが、今度は別の不満が噴出。
中2で引っ越した長崎市の学校にはサッカー部がなかったから、『やっと辞められる』と思ったのも束の間で、今度は学校がイヤ。高校まで楽しいことがなかったです。
引用元:週プレNEWS (https://wpb.shueisha.co.jp/news/entertainment/2018/04/14/102947/)
どうも川谷さん、この頃はキラキラしていた思い出よりも不満の方が多かった様子。
学校もヤンキーばかりで荒れており、どちらかと言えば目立たないグループに所属していた川谷さんはヤンキーが大嫌い。
特に彼らから見下されるのは嫌だと言っていましたが、何故かそのグループに入っていた時期もあったそう。
わりと人見知りで、あまり友達もつくらないタイプ。中学のとき転校してなじめず、ヤンキーのグループに入ってる時期がありました。
引用元: AERA dot. (https://dot.asahi.com/wa/2017080400124.html?page=3)
しかしそのヤンキーグループとは距離をおいており、「あいつ、よくわかんないね」みたいに思われていたとか。
川谷絵音の学歴・小学校
川谷さんの小学校は公開されていませんでいた。
ただし、小学校入学時の1995年には佐世保市に移転された様ですので、佐世保市内の小学校に通っていたと思われます。
歌手になりたいと思ったきっかけは、小学2年生の時、TMレボリューションの「HIGH PRESSURE」に衝撃を受けたから。
小学校2年生くらいで、T.M.Revolutionに最初にハマって。あの、すごい風吹いてるやつ(“HIGH PRESSURE”)。それがすごい良かったです、衝撃的だった。こういうふうになりたいなって思って、なんか漠然と。だから小学校2年生ぐらいの時に、歌を歌ってテレビ出るのとかいいなって、思ってはいたんです。
引用元:rockinon.com(https://rockinon.com/feat/kawatanienon_201501)
もともと音楽が大好きで小学生の頃はTMレボリューションの他、シャ乱Qやサザンオールスターズ等のJポップを好んで聞いていた様です。
spotifyの「J-Rock Now」というプレイリストのカバー写真が何故か小学2年生の川谷絵音になってます…。。何故。。https://t.co/HMRLxn20yu pic.twitter.com/sBvLoMbNyS
— enon kawatani (@indigolaEnd) May 4, 2020
また音楽の他、小学5年生の時にはサッカー部にも所属していた川谷さん。
人生で輝いていたのは8歳の頃だったそうで、ここをピークにだんだんと暗い性格になっていったそう。
「人生の頂点は、ここかなぁ……8歳」
「8歳は、すげーハツラツとした子どもだったんですよ。10分の休み時間でもボールを持って校庭に出ていくような。それが自分だと思ってたけど、なんとなく違うのかなと感じ始めた8歳から暗くなって。小5でサッカー部に入るんですけど、みんなに合わせることが無理なことに気づいて、さらに暗くなりましたね。
引用元:週プレNEWS (https://wpb.shueisha.co.jp/news/entertainment/2018/04/14/102947/)
ただ、みんなに合わせる事が出来ないことも、その分個性的なのかも知れませんね。
川谷絵音の出生・その他
川谷さんは1988年(昭和63年)12月3日に長崎県松浦市で生まれ、佐世保市で幼少期を過ごします。
家族構成は両親と7歳年上のお兄さん、6歳年上のお姉さんの5人家族。
父親は高校の教師で、母親はキリスト教徒。
また、川谷絵音さんの姉は現在引退されていますが、元NHKの川谷伊代さんというアナウンサーだったとか。
また幼少期は祖父母が聞いていた演歌も大好きだった川谷さん。
五島列島に劇団を主宰するおじいちゃんと日本舞踊家のおばあちゃんがいて。美空ひばりさんの歌がずっと流れてるような環境だったんです。島のおじさんたちに「うまいな」と褒められながら、「川の流れのように」なんて1000回以上は歌ったんじゃないかな。ただ父は教師なので、ちゃんと勉強することは求められました。
引用元:婦人公論.jp (https://fujinkoron.jp/articles/-/2382?page=2)
川谷さんの歌の原点は美空ひばりかも(笑)。
因みに、勉強は自分の部屋でやるとサボる為、親の目が届くリビングルームでしなければならなかったそうです。
川谷絵音の経歴・出生から現在まで
- 0歳(1988年)12月3日に長崎県松浦市で生まれる。
- 21歳 (2010年)2月indigo la End結成。
- 23歳(2012年)
4月「さようなら、素晴らしい世界」を全国初リリース。
5月ゲスの極み乙女。結成。 - 25歳(2014年)4月、indigo la Endとゲスの極み乙女が同時メジャーデビュー。
- 27歳(2016年)
1月、川谷とベッキーの不倫が『週刊文春』にスクープされる。
5月、離婚したことをブログ上で発表 - 28歳(2017年)7月、新バンド「ジェニーハイ」結成。
- 29歳(2018年)3月、インストバンドichikoroにメンバーに加入。
- 29歳(2018年)7月、ドラマ『恋のツキ』(テレビ東京)に映画監督・沖原隠光役で出演し俳優デビューを果たす。
- 33歳(2021年)12月、バンド・礼賛のメンバーとして参加。
おわりに
ここまで”川谷 絵音の学歴(小学校・中学・高校・大学)と偏差値及び経歴”をご紹介させて頂きました。
2012年・24歳の時からミュージシャンとして大活躍す川谷絵音さん。
この先も川谷絵音さんの更なる活躍を期待しています。
最後まで読んで下さりありがとうございました。
♦川谷絵音さんのプロフィール | |
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引用元:川谷絵音 – Wikipedia | |
出生名 | 川谷健太(かわたにけんた) |
別名 |
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生誕 | 1988年12月3日 |
出身地 | 長崎県松浦市 |
学歴 | 東京農工大学工学部応用分子化学科卒業 |
ジャンル |
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職業 |
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担当楽器 |
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活動期間 | 2010年 – |
レーベル |
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共同作業者 |
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