タモリの学歴|小学校・中学校・高校・大学と偏差値、除籍理由まで徹底整理

た行
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🎓 |学歴サマリー

小学校 福岡市立高宮小学校
中学校 福岡市立高宮中学校
高校 福岡県立筑紫丘高等学校(偏差値:72)
大学 早稲田大学 第二文学部(※除籍)

たもりさんといえば、ビートたけしさん・明石家さんまさんと並び称される「お笑いBIG3」の一人。
しかしその素顔は、偏差値72の進学校から早稲田大学へ進み、のちに“除籍”という異色の学歴を持つ人物でもあります。

学歴だけを切り取れば「高学歴タレント」ですが、私が注目したいのは「なぜその学校を選び、なぜそこを離れたのか」という人生の選択です。
そこには、のちのタモリさんの芸風につながる“観察力”と“距離感”が、すでに刻まれていました。

この記事を読むとわかること

  • タモリの小学校〜大学までの正確な学歴と偏差値
  • 筑紫丘高校がどれほどの進学校だったのか
  • 早稲田大学を「中退」ではなく「除籍」になった本当の理由
  • 学生時代の経験が芸風にどうつながったのか
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タモリが卒業した小学校|福岡市立高宮小学校

福岡市立高宮小学校

タモリさんの原点とも言えるのが、小学生時代に過ごした家庭環境です。
特に大きな影響を与えたのが、祖母の存在でした。

「男も料理ができるようにならないといけない」
そう語りながら、毎日台所に立つ姿を見せていた祖母。
当時は“男が台所に立つこと”自体が珍しい時代です。

タモリさんは、教えられるでもなく、「見て覚える」ことで料理を身につけていきました。   この観察から本質を掴む力は、のちのタモリさんの芸風にも通じる重要な素地だったと考えられます。

学業成績はトップクラスだったタモリさんですが、小学3年生の下校途中、電柱のワイヤーが右目に刺さる事故に遭います。
約2か月の療養を経ても視力は回復せず、右目を失明しました。

それでもタモリさんは、自分を悲劇の主人公にすることはありませんでした。
周囲を笑わせ、場の空気を和ませる姿勢は、この頃すでに芽生えていたようです。

小学校時代のエピソード

小学5年生のとき、卒業生を送る会で披露した自作脚本『喜劇カラス天狗』。
狙いは完全に“笑い”でしたが、当時はウケなかったといいます。

しかし後年、脚本家として成功した同級生から「実は面白かった」と告げられたタモリさん。
評価は、時代より少し先を行っていただけ──そんなエピソードです。

タモリさんは6歳の1952年(昭和27年)4月に小学校へ入学し、12歳の1958年(昭和33年)3月に卒業しています。

タモリが卒業した中学校|福岡市立高宮中学校

タモリさんの中学校は福岡市立高宮中学校です。

福岡市立高宮中学校

中学では、生徒会の副会長を務め、部活は剣道部と陸上部に所属。
陸上では200m走をこなしていたそうで、勉強だけでなく身体も動かすタイプだったことがうかがえます。

中学校時代のエピソード

また、『平尾バプテスト教会』に2年間、ほぼ毎週通っていたタモリさん。
熱心なクリスチャン…というより、牧師さんの身振り手振りや話し方が面白くて通い始めたとされています。

「人の話し方」「クセ」「間」を面白がる感覚。
のちの形態模写や、独特の司会術につながる“観察の土台”が、この頃すでに育っていたのかもしれません。

タモリさんは12歳の1958年(昭和33年)4月に中学校に入学し、15歳の1961年(昭和36年)3月に卒業しています。

タモリが卒業した高校|福岡県立筑紫丘高等学校(普通科)

タモリさんの高校は福岡県立筑紫丘高等学校・普通科です。

福岡県立筑紫丘高等学校

 

偏差値は驚きの72 難関校です!

偏差値72とは例えば100人中上位1.3%の成績の猛者が集う高校!全国平均では70位の高校です

筑紫丘高校は東大・京大をはじめ、有名私立大学の合格者も多い福岡県屈指の進学校。
「学力の高さ」と同時に、タモリさんの場合は好奇心の振れ幅が際立ちます。

高校時代のエピソード

高校では剣道部と吹奏楽部に所属し、吹奏楽部ではトランペットを担当。
さらに学外の『柳生新陰流兵法居合道』の道場にも通い、二段を取得しています。

また、アマチュア無線クラブにも入部。船の無線通信士に憧れていたことが理由とされています。
剣道・音楽・武道・無線――話の引き出しの多さは、学生時代から積み上げられていたのかもしれません。

タモリさんは15歳の1961年(昭和36年)4月に高校に入学し、18歳の1964年(昭和39年)3月に卒業しています。

タモリが卒業した大学|早稲田大学 第二文学部(※除籍)

タモリさんの大学は早稲田大学・第二文学部・哲学科・西洋哲学専で、偏差値は60です。

タモリさんは高校卒業後、早稲田大学第二文学部(当時の夜学部)に進学したとされています。
(※資料によって「1年浪人」とされるケースもあり、入学時期の表現は断定を避けて整理しています)

夜間部は、2014年に廃止されていますが、平均的の偏差値の下がる夜間部としては高い偏差値でした。

なお、早稲田大学をはじめ、芸能界で活躍する人がどの大学を卒業しているのかを大学別にまとめた記事はこちらをご覧ください👇

 

本当は船が好きだったことで電気通信大学を目指したものの、試験科目の物理や数学が克服できず、物理・数学の試験がない早稲田大学へ変更した――そんなエピソードも語られているタモリさん。

浪人(または進学前後)の時期には押し入れにこもり、九州という土地柄、中国や韓国から届くラジオ放送を聞いていたそうです。
この体験が「4か国語マージャン」などの「インチキ外国語芸」につながったともいわれます。

また、タモリさんと言えば、熱烈な『サユリスト』で、早稲田大学に変更した理由は、吉永小百合さんが通っていたからともいわれており、実際に学食で遭遇した事もあったそう。
因みにタモリさん1年の時吉永さんは3年生でした。吉永小百合さんの記事はこちら

早稲田大学を除籍になった理由は

学業に優秀だったとされるタモリさんが「中退」ではなく「除籍(抹籍)」になった理由として、学費未納が語られています。

大学2年生のゴールデンウイークに友人2人と旅行へ行く際、友人分も含めて立て替えたお金が返ってこず、そのお金が学費だったため納付できずに除籍になった――という流れです。

学籍は一年でなくなっちゃいました。
つまずきの始まりは、同級生三人で、二年になる時の五月の連休にどこかへ旅行に行こうということになって、その時最初に仕送りが来たのが僕だったんですね。

その二人は後で仕送りが来るから、一旦オレの金を使おうっていうんで旅行に行ったんですけれども、二人とも返しゃしないんですよ。

そのお金、学費だったんです。

それで、「学費未納のため抹籍」という処分になりました。
あいつらのおかげです(笑)。

でも、あいつらとはいまだに付き合ってますけどね。
早稲田ウィークリー(第800号記念 タモリ ロングインタビュー)より

普通なら怒りが先に立ちそうな場面ですが、その後も友人関係が続いているという点も含め、タモリさんらしい“距離の取り方”が見える話です。

『ジャズ』を聞いて夢中に!

タモリさんは大学生になって初めて『ジャズ』を聞いて夢中になったそうです。

お姉さんがクラシックピアノをやっていた関係で、クラシックも一通り聞いたし、チベットの音楽まで聞いたというタモリさん。

ただ、アート・ブレーキーのレコードを聞いたら、どこがいいのか分からず、分からないということは今まで無かったので、レコードを借りて、家でじっくり聞いたら、その瞬間から好きになったそうです。

高校時代からトランペットを吹けたタモリさんは、早稲田大学の『モダンジャズ研究会』に入部。

しかし先輩から「マイルスのトランペットは泣いてるけれども、お前のトランペットは笑ってる」と言われ、3日でトランペットから降ろされてマネージャーをすることになります。

しかし、タモリさんのトランペットは決して下手ではなく、むしろ上手い部類だと思われるのですが…。

実は同期にギタリストの増尾好秋さん、1学年先輩にベーシストの鈴木良雄さんがいたなど、研究会がプロ級だった可能性も示唆されています。

なお、『タモリ』(本名の森田を逆転させた芸名)を使い始めたのはこの頃からでした。

タモリの司会が注目!

タモリさんの司会といえば、『笑っていいとも!』や『ミュージックステーション』で実証済ですが、マネージャーをしながら舞台の司会もするようになったこの時代。

先輩から「お前の司会の合間に演奏をしているわけじゃない。」と言われるほど、司会が面白いと評判になったといいます。

そして、TBSラジオの番組『大学対抗バンド合戦』に司会として出演すると、番組の司会をしていた大橋巨泉さんから才能があるとお墨付きをいただいたとも語られています。

タモリさんは高校卒業後、1964年(昭和39年)〜1965年(昭和40年)頃に早稲田大学へ入学したとされ、在籍中に学費未納により除籍(抹籍)となったとされています。

この記事のまとめ

  • タモリさんの出身小学校は「福岡市立高宮小学校」。小学3年で右目を失明する事故を経験。
  • 中学は「福岡市立高宮中学校」。生徒会副会長、剣道・陸上に所属し、観察眼を磨いた時期。
  • 高校は「福岡県立筑紫丘高等学校」(偏差値72)。剣道・吹奏楽・居合道・無線など多方面に挑戦。
  • 大学は「早稲田大学 第二文学部」だが、学費未納により除籍(抹籍)と語られている。

【タモリ】の学歴に関するよくある質問

Q1. タモリさんの出身高校はどこですか?
A. 福岡県立筑紫丘高等学校(普通科)とされています。偏差値72の難関進学校として知られます。
Q2. タモリさんは大学を卒業していますか?
A. 早稲田大学 第二文学部に在籍していたとされますが、学費未納により除籍(抹籍)になったと語られています。
Q3. タモリさんの最終学歴は何になりますか?
A. 高校は福岡県立筑紫丘高等学校を卒業。大学は早稲田大学に進学したとされる一方、除籍とされるため「大学卒」には該当しません。
Q4. 「除籍(抹籍)」とは中退とどう違いますか?
A. 一般に「中退」は本人の意思で退学手続きをするケースが多いのに対し、「除籍(抹籍)」は学費未納などの理由で在籍資格を失う扱いです(本記事では、タモリさんは学費未納による除籍と語られています)。
Q5. タモリさんが芸能の道へ進む“下地”になった学生時代の経験は?
A. 教会で牧師の話し方を観察したこと、吹奏楽やジャズ研究会で「間」や「表現」に触れたこと、司会の評判が立ったことなどが、後の芸風につながった可能性があります。

おわりに

タモリさんの学歴は、偏差値の高い進学校から早稲田へ――という“強い学歴”だけで語り尽くせるものではありません。
小学生での失明、教会での観察、高校での多方面な挑戦、大学でのジャズと司会の芽生え、そして除籍。
それらが一直線につながって、今のタモリさんの「間」と「温度」を形づくっていったようにも見えます。

最後まで読んで下さりありがとうございました。


プロフィール表

名前 タモリ
本名 森田 一義(もりた かずよし)
ニックネーム タモリさん/タモさん/タモちゃん
生年月日 1945年8月22日
出身地 福岡県福岡市南区市崎
血液型 O型
身長 161 cm
師匠 赤塚不二夫
芸風 漫談/物真似(形態模写)など
事務所 オフィス・ゴスミダ→フリーランス→田辺エージェンシー
活動時期 1975年〜

情報ソース(参考)

本記事は、既存記事内の記述・引用を留保したうえで、一次・準一次情報(大学公式インタビュー等)と照合し、表現の断定度を調整しています。

特に「除籍(抹籍)」の経緯は、本人発言として掲載された媒体を参照し、学歴用語の誤解(中退との混同)を避けるよう整理しました。

学歴情報は年度のずれが起こりやすいため、入学年は「資料差がある」ことを明示し、確定できる範囲でのみ年次を提示しています。

 

※本記事は学歴を“優劣”で評価する目的ではなく、人物理解のために制度・年次・出典を整理したものです。

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