🎓 |学歴サマリー
| 小学校 | 神戸市立本山第二小学校(兵庫県神戸市東灘区) |
|---|---|
| 中学校 | 灘中学校(偏差値目安:73) |
| 高校 | 灘高等学校(偏差値目安:78) |
| 大学 | 京都大学 法学部(偏差値目安:67.5) |
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桂福丸さんといえば、京大卒の超高学歴落語家として古典落語を中心に、創作落語も演じ、高座・メディアにて幅広く活躍中の落語家です。 また、英語落語を学び、アメリカでも公演を行うなど、新境地も開拓しています。
この記事を読むとわかること
- 桂福丸さんの出身小学校・中学校・高校・大学と、学歴の“つながり”
- 灘→京大法という学歴の裏で、落語に惹かれていった背景
- 阪神・淡路大震災の体験が与えた影響(当時の証言をもとに)
- デビューまでの道筋(NSC→英語落語→入門)と現在までの経歴
桂福丸が卒業した小学校
1978年4月29日、兵庫県神戸市東灘区に生まれた桂福丸さん。
桂福丸さんの出身小学校は、神戸市立本山第二小学校です。

小学校の時から落語は好きでしたね。子どもの本で、とんち話やなぞなぞみたいなものがありますよね? その流れで落語の本とかもありまして、好きで読んでいるうちに、テレビで『枝雀寄席』なんかを見るようになりました。
掲出先: KOBECCO ( https://kobecco.hpg.co.jp/26465/)
またこの頃は毎年だんじり祭りに参加していたそうです。
家から山もすぐでしたし、住吉川を歩いていけば海もありますし、まぁそんなのが普通と思っていましたから、岡本の梅林で遊んだり、住吉川に水がまだ沢山流れていましたから泳いだり、あと意外とあの辺りは『だんじり』が多く…。大人ではなく子どもが引いて行くもので、終わるとお菓子がもらえて、子どもの時は毎年参加していましたね。
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その後、小5から大手塾に通い始めて中学受験に備えます。
小学校時代のエピソード
私が印象に残ったのは、「落語が“趣味”としてではなく、子どもの頃の生活の延長として自然に入ってきている」点です。
テレビの『枝雀寄席』を観るようになった流れ、だんじり祭りで地域の空気に触れていた日々。のちの“お客さんの前で笑いを届ける人”につながる土台が、すでにこの時期に見えてきます。
桂福丸が卒業した中学校
桂福丸さんの中学校は、灘中学校です。

中高完全一貫教育を採用した男子校で、中学入学と同時に担任団が編成され、中高6年間同じ担任団が指導します。
桂さんの部活は硬式テニス部で、中3の時に団体戦で全国大会に出場しベスト16まで進出しています。
中学校時代のエピソード
中学時代は、灘という環境で学力を磨きながら、硬式テニス部で全国大会に出場するほどの実力も積み上げています。
「頭で勝つ」だけではなく、「体でも勝つ」。この両輪はのちの落語家としての体力・集中力にもつながりやすい要素です。
桂福丸が卒業した高校
桂福丸さんの高校は灘高等学校。
桂福丸さんの場合は中学からの内部進学生でした。(ちなみに高校から入学することもできます)
偏差値は驚きの78
そして高校時代にあの未曾有の災害、阪神大震災に見舞われ、自宅が半壊した為、近くの中学校の校庭にテントを張り避難生活を余儀なくされてしまいます。
加えて、文化祭や体育祭をきっかけに舞台に立つことに興味が湧き、大学には進まず舞台に立つ仕事をしたいと考えますが、両親から説得され京都大学法学部に進学します。
高校時代のエピソード
灘高という環境は、学力の高さだけで語られがちです。ただ、桂福丸さんの高校時代は、阪神・淡路大震災という圧倒的な現実と重なります。
ここで特に重要なのは、「極限状態でも笑顔でいる大人たちに感銘を受けた」という点です。人は、何を“志す”か以上に、何に“心を動かされたか”で進路が変わります。
そして文化祭や体育祭をきっかけに舞台へ興味が向き、「大学に行かず舞台の仕事を」と考えるまでに至った流れは、学歴以上に“人生の分岐点”として読み取れるところです。
桂福丸が卒業した大学
福丸さんの大学は京都大学法学部です。
偏差値は67.5
67.5の偏差値は法学部での偏差値としては最高値で、公立大学では「東京大学」「一橋大学」「筑波大学」と同一。私立大学では「早稲田大学」「慶応義塾大学」「上智大学」「国際基督教大学」と同レベルです。
京都大学という難関大学に進学した後も、自身の進む道はどこなのかを考えあぐねていた福丸さんは、大学卒業後、すぐに就職せず、フリーターをしながら吉本総合芸能学院(NSC)に入学。

その後は外国人パフォーマーの下で英語落語を学び、アメリカでも公演を行ったりと落語の魅力に取りつかれ、2007年2月に28歳の時、桂福團治と知り合いだったバイト先の支配人の紹介で4代目桂福団治に入門。
今は亡き作家の藤本義一氏より「福丸」という名を頂き芸能界入りします。
大学ではテニスサークルの活動に明け暮れ…憲法学の大家、佐藤幸治先生のゼミにも偶然入ることができ、そこで得た確信は「私は法律には向いていない」。
強烈な体験から私は、人には合う仕事と合わない仕事がある、と考えるようになった。
卒業してフリーターを経た私は6年後、師匠となる福団治と出会い入門。
強烈な個性の集まりであった京大で自然と、「自分とは何者なのか」を考える癖をつけてもらっていたお蔭である。
掲出先:Copyright © Kyoto University. All Rights Reserved.(https://125th.kyoto-u.ac.jp/alumni/03/)
大学時代のエピソード
京大法で学びながら、「私は法律には向いていない」と確信するくだりは、学歴記事としても重要です。
いわゆる“勝ち筋”に見えるレールの上で、自分に合わないものを見切る。これは勇気のいる作業で、そこからNSC、英語落語、そして入門へと進む流れに、福丸さんの“選び直す力”が表れています。
【この記事のまとめ】
この記事のまとめ
- 桂福丸さんの小学校は神戸市立本山第二小学校で、幼少期から落語に親しんでいた
- 中学・高校は灘中学校/灘高等学校で、部活(硬式テニス)でも全国大会出場
- 大学は京都大学法学部。学びの中で「法律に向いていない」と確信し、進路を再選択
- 卒業後はNSC→英語落語→2007年に四代目桂福団治へ入門し、落語家として活動を広げている
桂福丸の学歴に関するよくある質問
おわりに
ここまで”桂福丸さんの出生と幼少期、卒業した高校や大学の偏差値とデビューから現在に至る迄の軌跡 ”をご紹介してきました。
灘から京大法へ。数字だけを並べると「完璧な学歴」に見えますが、福丸さんの歩みはむしろその逆で、学歴の途中で何度も「本当に自分が進む道はどこか」を問い直しています。
学歴は“ゴール”ではなく、人生の途中に刻まれた「選択の履歴」。その意味では、福丸さんの学歴は、落語家としての現在をより深く面白くしてくれる材料だと私は感じました。
桂福丸さん。この先も更なる活躍を期待しています。
最後まで読んで下さりありがとうございました。
プロフィール表
| 名前 | 桂福丸(かつら ふくまる) |
|---|---|
| 本名 | 中野 正夫(なかの まさお) |
| 生年月日 | 1978年4月29日 |
| 出生地 | 兵庫県神戸市 |
| 師匠 | 四代目桂福団治 |
| 出囃子 | 銀のぴらぴら |
| 活動期間 | 2007年 – |
| 受賞歴 | 文化庁芸術祭新人賞(平成28年度) 花形演芸大賞銀賞(平成29年度) |
| 備考 | 上方落語協会会員 |

