【大河ドラマ】で山本耕史が三浦義村役!三浦義村とは?

鎌倉殿の13人

三谷幸喜脚本・小栗旬主演の2022年大河ドラマ『鎌倉殿の13人』のキャストが、脚本家の三谷幸喜によって発表されていますが、山本耕史が重要な役柄に!

その役柄は三浦義村。

大河ドラマでの登場は久しぶりで、1979年「草燃える」(くさもえる)では元祖『仮面ライダー』の藤岡 弘(ふじおか ひろし)が演じていましたが、鎌倉幕府の有力御家人の一人なんですね。

藤岡 弘
今回は”【大河ドラマ】で山本耕史が三浦義村役!三浦義村とは?”について解説していきますね。


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【大河ドラマ】で山本耕史が三浦義村役!三浦義村とは?

2022年放送のNHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」

本作で大河3作目となる山本耕史が演じるのは、鎌倉幕府の有力御家人で北条義時(小栗旬)の盟友。

因みに山本耕史の大河ドラマ5作品の内、『新選組!(2004年) – 土方歳三 役』『真田丸(2016年) – 石田三成 役』そして今回の『鎌倉殿の13人(2022年放送予定) – 三浦義村 役』の3作品は三谷幸喜脚本によるもの。

新選組の山本耕史

その前にここで三浦義村の出自をたどって行きましょうね。

三浦家とは?

三浦氏は元々、桓武平氏の文流であり、鎌倉時代の三浦氏は後三年の役で源義家(みなもと の よしいえ)のもとで軍勢を率いていた為継を「祖先」と言っており、その子義継の代には三浦半島の支配地を三浦荘となし、自らは荘司となって支配していたようです。

三浦氏家系図
三浦義村はそんな三浦家の重厚篤実な武士の三浦義澄を父に、仁安3年(1168年)年に生まれます。

鎌倉幕府を興すも

源頼朝は以仁王令旨を奉じて挙兵。

その時から三浦義村は父義澄とともに参戦。


この戦いは、伊豆国目代山木兼隆を襲撃して勝利するものの、続く石橋山の戦いで大敗を喫して敗走し、船で安房国へ落ち延びてここから再び挙兵し鎌倉幕府を興します。

令旨の要旨
「清盛法師ならびに宗盛らは威勢をもって狂暴に振る舞い、国を傾け、百官万民を混乱させ五機七道を掠め取り、後白河法皇を幽閉し関白基房ら法皇の近臣を流罪にしたりして皇室を叛き、仏法を破滅させている。もしこの挙兵に応じない場合は、清盛法師の従類とみなし、死罪その他の罪過を科すであろう。もし味方して戦功があれば、私が即位した後、かならず願いどうりの恩賞を与える」  (『吾妻鏡』より) 

清和源氏から北条氏が政権を独占!

苦労して鎌倉幕府を興した頼朝ですが、落馬で急死してしまい、18歳になった頼家が2代目を継ぎますが「若い」「経験不足」という事でこれをサポートするという事で打ち出されたのが御家人による「13人の合議制」です。

頼朝挙兵に父義澄とともに転戦していった義村もこの合議制の一員に迎え入れられますが、政治に興味が無い頼家は妻の実家の比企(ひき)氏に丸投げ、重職も任せてしまいます。

これを北条家の脅威と感じた北条方は比企氏を殲滅。

頼家も伊豆の修善寺に幽閉の上、亡き者としてしまうのですが、.その後を継いだ実朝も鶴岡八幡宮にて甥の公暁(くぎょう)に打たれてしまうんですね。

これで清和天皇の血を引いた清和源氏の血筋は絶えてしまうんですが、その後は「13人の合議制」では無く、義時以降、形式上は、摂家将軍を立てて北条守時までの130年間執権職を独占。

また、この間相模守護となり、北条氏に次ぐ有力御家人となっていった三浦氏は北条氏から疎まれ、宝治元(1247)年、北条方の攻撃を受け、泰村は一族276人を含む500余人とともに法華堂(頼朝の墓所)で自害し、三浦氏嫡流は滅びました。

因みに、源氏から形式上、摂家将軍に政権が写った鎌倉幕府は、初代執権・北条時政から16代執権・北条守時までの130年間執権職を独占。実質的に鎌倉幕府に君臨して行くんですね。

山本耕史・コメント

山本耕史
以下山本耕史のコメントをお伝えしますね!

三浦義村という人物には全く印象はなく、逆にどんな三浦義村を作り上げていくのが良いか、三谷さんの脚本がくるのを楽しみにしています。
いつもそうですが、できるだけ真っ白な状態で台本を読み、そのとき内側で感じたことを大切にしたいと思っています。

掲出先  :   NHK PR 2020.11.24 より

まとめ

ここまで【大河ドラマ】で山本耕史が三浦義村役!三浦義村とは?について解説いたしました。

「策略家」とか「腹黒」とか言われた三浦義村の生涯を、「新選組!」や「真田丸」の三谷幸喜がどうアレンジし。本作が3回目の「三谷大河」出演の山本耕史がどのように演じるか今から楽しみですね!

最後まで読んで下さりありがとうございました。

 

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