吉岡里帆さんの出身高校は京都府立嵯峨野高等学校、大学は京都橘大学文学部日本語日本文学科(書道コース)です。
この記事では、偏差値や最終学歴、高校・大学時代のエピソードを事実ベースで整理します。
それではさっそく見て行きましょう!
この記事を読むとわかること
- 吉岡里帆さんの小学校・中学校・高校・大学までの学歴
- 出身高校・京都府立嵯峨野高等学校の偏差値と進学校としての特徴
- 京都橘大学に進学した理由と学生時代の過ごし方
- 女優を志すきっかけとなった高校・大学時代の転機
吉岡里帆の小学校
結論:吉岡里帆さんは、京都市太秦エリアで育ち、地元の公立小学校に通っていたとされています。
吉岡里帆さんは1993年1月15日、京都府京都市太秦(うずまさ)で生まれ育ちました。
家族構成は両親とお祖母さん、吉岡さん、3歳下の弟さんの5人家族で、そのまま太秦で育ちます。
父親は映像会社を経営するカメラマン、母親はアパレル関係の仕事に携わっており、
家庭内には常に映画や芸術文化が身近にある環境だったといいます。

小学校名は公表されていませんが、出生地や育った環境から、京都市内の公立小学校に通っていた可能性が高いと考えられています。
小学校時代のエピソード
幼少期から映画撮影が日常にある街・太秦で育った吉岡里帆さん。
太秦というところは日本のハリウッドと言われる程の映画の町。
東映も松竹も近く、後に「ちょんまげの人がお昼ご飯を食べるのにうろうろしてたりとか、映画を撮影してる風景が日常でした」と回想しています。(2015年05月16日 日刊SPA!より)

加えて、父や母・祖母の影響を受けて、幼少時より映画や演劇、歌舞伎、能、日本舞踊、落語などさまざまな芸術文化に囲まれて育ちました。
また、小学校2年生頃から書道を習い始めた里帆さん。
その実力は驚きの8段!
実は里帆さん。芸能界に進もうとする前までは、本気で書道家を目指していたのだそうです。
綺麗な人は字も綺麗なんですね。

吉岡里帆の中学校
結論:吉岡里帆さんは、京都市内の公立中学校に通いながら、学業と芸術への関心を深めていきました。
吉岡里帆さんの出身中学校については、学校名は公表されていません。
小学校から引き続き、地元・京都市内の公立中学校に進学したと考えられています。
中学生の頃も、家庭環境の影響で映画や舞台、伝統芸能に触れる機会が多く、
感受性の強い時期に多様な文化体験を重ねていたようです。
この時点では、女優になるという明確な目標はまだ持っていなかったものの、
「表現すること」への興味は、すでに心の中で育ち始めていた時期だったといえるでしょう。
吉岡里帆の高校と偏差値
吉岡里帆さんの出身高校は京都府立嵯峨野高等学校です。
偏差値はなんと71。

京都では難関高校として評価が高く、改めてその学力の高さに驚かされます。天は二物を与えすぎですよね!
の偏差値と生い立ち、そして芸能界デビューのキッカケ_R-150x150.jpg)
またこの学校は、芸術文化への理解もある校風で、学業だけでなく、個々の興味関心を大切にする雰囲気があったことも特徴の一つです。
部活にも熱中できず、勉強中心だった高校時代
高校時代の吉岡里帆さんは、部活動よりも勉強を優先し、将来に悩みながら日々を過ごしていました。
部活では軽音楽部に所属し、ガールズバンドを組んでアルトサックスを担当した時期もありましたが、活動は長く続かなかったとされています。
その後、ソフトボール部のマネージャーも経験しますが、どうしても馴染めずこちらも短期間で退部することになりました。

放課後は補習や自宅学習に多くの時間を費やし、進学校らしい勉強中心の生活を送っていた一方で、「自分は何のために勉強しているのか」と将来に迷う時期でもあったようです。
高校3年生の時映画「天地明察」のエキストラに参加後、運命が好転!
高校3年の時にアルバイト先でエキストラの人数が足りないからと頼まれて映画『天地明察』にエキストラとして出演します。
その際、友達になった同志社大学の演劇部に所属する学生に誘われて行った小劇場で、つかこうへい作品の『銀ちゃんが逝く』『蒲田行進曲』を観劇。
それまでに味わったことのない感動を体験した里帆さん、すぐに「仲間にしてください!」と直談判するんですが、あっさり断られます。
この体験をきっかけに、「演じる側に立ちたい」という思いが芽生え、
高校3年から俳優養成所に通い始めるなど、芝居の道へ本格的に踏み出すことになります。
吉岡里帆の大学と偏差値
吉岡里帆さんは、京都橘大学 文学部 日本語日本文学科(書道コース)に進学しています。
同大学は京都市山科区にキャンパスを構え、人文系分野に強みを持つ私立大学として知られています。
偏差値は学部・年度により差がありますが、文学部はおおよそ45前後とされています。
進学校である嵯峨野高校からの進学としては意外に感じる人もいるかもしれませんが、この進路選択には明確な理由がありました。
書道を本気で学ぶために選んだ大学
結論:吉岡里帆さんは、書道家を目指すため、専門的に学べる京都橘大学を選択しました。
吉岡里帆さんは小学校2年生の頃から書道を続けており、その実力は八段に達するほど。
高校卒業時点では、女優よりも書道の道を真剣に考えていた時期だったとされています。
京都橘大学の日本語日本文学科には書道コースが設置されており、書の理論と実技の両面を体系的に学べる点が進学理由の一つでした。
このことからも、大学進学は「消去法」ではなく、当時の自分なりに将来を見据えた選択だったことがうかがえます。
大学在学中も捨てきれなかった芝居への思い
結論:大学在学中、吉岡里帆さんは書道と並行して本格的に芝居の道を模索していました。
大学進学後も、芝居への情熱が完全に消えることはありませんでした。
京都で大学生活を送りながら、東京の俳優養成所にも通い、オーディションを受ける日々を送っていたといいます。
経済的に余裕のある状況ではなく、夜行バスで京都と東京を往復しながら挑戦を続ける生活だったことも、本人の発言などから知られています。
「どちらの道に進むべきか」葛藤を抱えながらも、
芝居への思いが次第に強くなり、やがて上京を決意することになります。
吉岡里帆の経歴・ブレイクのきっかけ
結論:吉岡里帆さんはNHK連続テレビ小説『あさが来た』への出演をきっかけに、一気に注目を集めました。
大学卒業後、上京して本格的に芸能活動を開始した吉岡里帆さんですが、
当初はオーディションに落ちる日々が続いていました。
転機となったのは、2016年放送のNHK連続テレビ小説『あさが来た』です。
当初はオーディションに落選していたものの、
制作スタッフの目に留まり、途中から田村宜役として出演が決定しました。

この出演をきっかけに注目度が急上昇し、
「透明感のある演技」「印象に残る存在感」が評価されるようになります。
同年にはドラマ『ゆとりですがなにか』『カルテット』など話題作への出演が続き、
女優としてのポジションを一気に確立しました。
その後は映画・ドラマ・CMと活躍の場を広げ、
2017年には結婚情報誌『ゼクシィ』のCMガールに起用されるなど、
幅広い層から支持を集める存在となっています。
この記事のまとめ
- 吉岡里帆さんは京都市太秦で育ち、幼少期から映画や芸術文化に親しんできた
- 出身高校は偏差値約70の進学校・京都府立嵯峨野高等学校
- 大学は京都橘大学文学部日本語日本文学科(書道コース)を卒業している
- 高校3年生での映画エキストラと舞台観劇が、女優を志す大きな転機となった
吉岡里帆の学歴に関するよくある質問
おわりに
進学校で学びながらも、自分の進むべき道に悩み、
それでも「表現したい」という思いを捨てなかった吉岡里帆さん。
学歴は単なる肩書きではなく、
彼女がどのような環境で、どんな選択を重ねてきたかを物語る軌跡だといえるでしょう。
今後のさらなる活躍にも、引き続き注目していきたいですね。
吉岡里帆のプロフィール
| 本名 | 吉岡里帆(よしおか りほ) |
|---|---|
| 生年月日 | 1993年1月15日 |
| 出身地 | 京都府京都市 |
| 身長 | 158cm |
| 血液型 | B型 |
| 職業 | 女優 |
| 所属事務所 | エー・チーム |

