結論:又吉直樹さんは大学には進学せず、高校卒業後にNSC東京校へ進みました。学生時代はサッカー大阪選抜に選ばれる一方、読書と文章力を磨き続け、それが芥川賞作家という異色の経歴につながっています。
🎓 |学歴サマリー
| 小学校 | 寝屋川市立啓明小学校 |
|---|---|
| 中学校 | 寝屋川市立第五中学校(偏差値:なし) |
| 高校 | 北陽高等学校 スポーツコース(現:関西大学北陽高校/偏差値目安:45前後) |
| 大学 | 進学なし(NSC東京校へ) |
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又吉直樹さんといえば、お笑いコンビ「ピース」のボケ担当としてブレイクした後、小説『火花』で芥川賞を受賞し、“芸人”と“作家”の両方で時代の空気を掴んだ人物です。
ただ、いま検索している方が本当に知りたいのは、受賞歴そのものよりも――どんな環境で育ち、どんな学校で、何を積み重ねて「表現者」になったのかという“道筋”ではないでしょうか。
今回はそんな “ピース又吉直樹さんの小学校から高校までの学歴と経歴(サッカーが凄い!)” を、学校ごとに整理してご紹介します。
又吉直樹さんの出生と幼少期
又吉さんは 1980年6月2日、大阪府寝屋川市に生まれます。
家族構成は、ご両親と4歳と3歳年上のお姉さん2人の5人家族。
お母さんの職業は看護師で奄美・加計呂麻島の出身
両親共海が綺麗な南の出身なんですね!
どちらかというと貧しい又吉家、家族で焼肉屋さんに行っても、お母さんや祖父が「お肉2枚でお腹いっぱい」と子供達にお肉を譲り、子供達も「お茶漬けでお腹いっぱい」と、親子で譲り合う生活をしていたそう。
母は『カルビを2枚食べるとお腹いっぱい』って言ってて。僕も気を使ってお茶漬けを食べたりしてましたね(笑)。家族みんながちょっとずつ気を使って焼肉を成立させてました 2017.05.18 徹子の部屋より掲出

ところで又吉家には本があまりなかったのですが、又吉さんの文才は保育園での読み聞かせが影響しているのではないかとお母さんは2015年8月の『週刊ポスト』の取材で語っていました。
この記事を読むとわかること
- 又吉直樹さんの小学校・中学・高校・大学(進学有無)の整理
- サッカー(大阪選抜)と読書が同時に走っていた学生時代の背景
- NSC東京校へ進んだ理由と、高校卒業後の進路の流れ
- 『火花』芥川賞につながる“国語の強さ”エピソードの位置づけ
又吉直樹が卒業した小学校
又吉直樹さんの小学校は、寝屋川市立啓明小学校です。

この頃からサッカーを始め、日々練習に励んでいた又吉さん。
『徹子の部屋』で語られた内容によると、「子供は元気であるべき」という信念のもと、いつもテンションを高めにしていたらしいんですね。

小学校時代のエピソード
しかし、元気なふりを辞めようと思ったのは「又吉、大丈夫か」という担任の一言。
ある晩に嘔吐してしまった翌日、連絡帳に母親が「調子が悪いので何かあったら帰宅させてください」と書いていたのを担任が見て、又吉さんにかけた言葉だったそうです。
また、どうも又吉さんはガラスの心臓なのではというエピソードが2つ。
- 父親の実家の宴会で、親戚に踊れと言われて踊ったところこれが大ウケ!しかし、父親は褒めるどころか「調子に乗んなよ」と。これがトラウマとなり、依頼人前で踊れなくなる。
- 寿司屋で集会があり父親と一緒に行った又吉さん。「何を食べる?」と聞かれ「おにぎり」と答えたところ、皆が大爆笑。以来、寿司屋で注文できずに友達に注文してもらうか回転寿司にしか行けなくなってしまった。
ガラスの心臓と言うより、こうした“こだわり”が、後の小説表現の芯になっていったのかも知れませんね。
また、小学3年生の頃に、お笑い芸人のダウンタウンと風間寛平さんに衝撃を受け、将来お笑い芸人になることを決意。この頃は小説家では無かったんですね!
又吉直樹が卒業した中学校
又吉直樹さんの中学校は寝屋川市立第五中学校です。

中学時代もサッカーに励んでいた又吉直樹さん。
この頃、芥川龍之介の「トロッコ」を読んだ又吉さん。以来本が大好きとなりますが、クラスの中に友達が殆どおらずに、休み時間も1人で過ごしていました。
(因みにいつも1人でいる為、聴覚が発達し誰と誰が付き合っているなど詳しくなったそう。)
中学校時代のエピソード
お笑い芸人になるという事で、暇を見つけては漫才ネタをノートに書き込み、数少ない友達の難波さんに見せたところ、漫才コンビを組むことに。
先生に漫才の許可を取ると、時間を設けてくれ漫才を初披露しました。

そして、スキー合宿の時はコントも披露する等夢に向かって邁進。
また、中学2年生の3学期に、何故だか自分の事を「マッタン」と呼ぶ福沢諭吉が何度も夢に出てくるので卒業文集には自分が頭が良いと信じていたと書いています??
又吉直樹が卒業した高校
又吉直樹さんの高校は北陽高等学校‐スポーツコース(現:関西大学北陽高等学校)です。

偏差値は45(やや容易)
北陽高等学校は、1925年の開校で、古くから野球部、サッカー部、ハンドボール部、陸上部は全国レベルの強豪で、岡田彰布さん、下川 誠吾さん等、プロ野球やサッカー選手を輩出。
また、2007年には関西大学の併設校となり、名前も関西大学北陽高校となりました。
高校時代のエピソード
高校でもサッカー部に所属した又吉さんは、サッカー部のレギュラーで副キャプテンを務めます。

利き足が左足であるため左のウィングバックのポジションで活躍し、個人でも大阪選抜メンバーに選ばれるなど、サッカーの実力は相当なもの。
インターハイにも、大阪府代表で出場する程の又吉さんでしたが、遠征でバスに乗るやいなや小説を読んでいたほど本が大好き。
私が一番感心したのは、遠征のバスは早朝6時の出発にもかかわらず、又吉くんはすぐに読書をしていたこと。ほかの生徒は眠っているのに、彼だけ姿勢を正して読書している姿が、今でも印象に残っています
2018年6月11日校長だより第3号 読書について より掲出
国語の授業中に又吉直樹さんは芥川龍之介の作品の冒頭文を噛むことなく暗唱。
2015年6月23日発信『Asageiプラス』によると、又吉直樹さんは国語の実力テストで偏差値75を取って全国トップの成績を修めていたという事。
好きこそものの上手といいますが、大好きな本が、自然と国語の能力を引き出していたんでしょうね。
それにしてもサッカーに明け暮れる生活の中、全国トップとは凄すぎますよね。
又吉直樹さんの学歴が評価される理由は、学校名ではなく「学業・競技・表現を同時に成立させていた点」にあります。
サッカーでは大阪選抜、学力では国語偏差値75、そして放課後にはネタ帳と読書。この三本柱が同時進行していたことが、後の“芸人×作家”という唯一無二の立ち位置を生んだと考えられます。
又吉直樹が卒業した大学
結論から言うと、又吉直樹さんは高校卒業後、大学には進学していません。その代わりに、1999年に吉本総合芸能学院(NSC)東京校5期生として入学し、芸人の道へ進んでいます。
▶根拠(一次に近い情報)
・吉本興業公式プロフィール(又吉直樹)
大学に進学しなかった理由|サッカー推薦より「お笑い」を選んだ
高校卒業時には大学からのサッカー推薦の話もありましたが、お笑いの道に進むため断ったとされています。
高校卒業後は、吉本総合芸能学院(NSC)の東京校に入学します。
この「大阪ではなく東京を選んだ」という選択は、のちに“東京で相方と出会う”未来へ直結していきます。学歴は、いつも進学先の偏差値ではなく、人生の分岐点の記録なんだと感じさせる一節です。
偏差値推移の補足|「北陽」から「関大北陽」へ(当時45→現在はコースで変動)
既存記事では、又吉さんが在籍した北陽高校スポーツコースの偏差値は「45」と紹介しました。
一方で現在の関西大学北陽高校は、コース制(特進・文理・アスリート等)になっており、進学実績や内部進学制度の影響もあって、偏差値帯がおおむね「48〜64」程度と幅を持つ形で紹介されることが多いです。
▶参考(偏差値帯の目安)
・みんなの高校情報:関西大学北陽高校 偏差値(2026年度版)
※偏差値は年度・模試・コースで変動します。本記事では「又吉さん在籍当時(スポーツ系コース)=45前後」という既存記事の記述を軸に、現在の学校制度(コース制)も併記しました。
芸人としての転機|時系列で一気にわかる「進路→結成→ブレイク」
| 年(目安) | 出来事 | ポイント |
|---|---|---|
| 1999年(19歳) | NSC東京校(5期)に入学 | 大学進学ではなく“養成所”という進路選択 |
| 〜2003年夏 | 原偉大さんと「線香花火」で活動(のち解散) | 一度は僧になろうかと考えるほどの岐路 |
| 2003年10月(23歳) | 綾部祐二さんに説得され「ピース」結成 | 相方との出会いが“継続”を生む |
| 2010年2月(29歳) | 『しゃべくり007』で注目の若手芸人として紹介 | 全国区の認知が進む転機 |
| 2015年(35歳) | 小説『火花』で芥川賞受賞 | “芸人×作家”が社会現象へ |
| 2016年10月〜 | 綾部さん渡米後、コンビ活動は休止状態 | 表現の軸足が「書く」へ寄る |
この時系列を押さえると、「サッカー推薦を断る」→「NSC」→「線香花火」→「ピース結成」→「テレビの転機」→「火花」までが一本の線でつながります。
▶補強(時系列の裏取りに使える準一次情報)
・タレント辞書:又吉直樹(NSC入学などの流れ)
・吉本興業公式プロフィール(ピース:結成年月など)
又吉直樹さんの経歴 お笑い芸人(※既存内容を留保・統合)
高校卒業時には大学からのサッカー推薦の話もありましたが、お笑いの道に進むため断った又吉さん。。
高校卒業後は、吉本総合芸能学院(NSC)の東京校に入学します。
芸人としては、2003年(平成15年)夏まで原偉大さんと「線香花火」というコンビで活動していましたが解散し、お笑い芸人を辞めて僧になろうかとも考えましたが、、2003年10月に仲の良かった綾部祐二に説得され、ピースを結成。
2010年2月にトークバラエティ番組『しゃべくり007』に「注目の若手芸人」として取り上げられた事を機に次第にブレイクします。
又吉直樹さんの経歴 作家デビュー(※既存内容を留保・統合)
2015年(平成27年)月、自身が書いた小説『火花』で、新人作家の登竜門、第153回芥川龍之介賞を受賞し話題に。
お笑い芸人が受賞するの初の快挙ですが、実は、火花以外にも作家として数作品を書いていた又吉さん。
2016年の10月に綾部さんがアメリカに渡ってからは活動休止中ですが、このまま作家のみで活動するのかお笑いと2足の草鞋を履いていくのか見守っていきたいところですね!
- 夕暮れひとりぼっち(「MAGIC BOYS 〜マジシャンたちの肖像〜」きんとうん出版 収録、2010年4月9日)- 短編処女小説
- そろそろ帰ろかな(別册文藝春秋12年5月号、2012年4月7日)- 短編
- 夕暮れに鼻血(別册文藝春秋12年9月号、2012年8月8日)- 短編
- 火花(文藝春秋 2015年3月11日 ISBN 978-4163902302 電子書籍有 / 2017年2月10日 文春文庫 ISBN 978-4167907822)- 初の中編作品
- 劇場(新潮社 2017年5月11日 ISBN 978-4103509516 / 2019年8月28日 新潮文庫 ISBN 978-4101006512)
- 人間(毎日新聞出版 2019年10月10日 ISBN 978-4620108438)
この記事のまとめ
- 又吉直樹さんの出身小学校は「寝屋川市立啓明小学校」
- 出身中学校は「寝屋川市立第五中学校」で、読書とお笑いの芽が育った
- 高校は「北陽高校(現:関西大学北陽高校)」スポーツコースで、サッカー大阪選抜・副キャプテン経験も
- 高校卒業後は大学に進学せず、1999年にNSC東京校へ入学し、芸人→作家へと道を拡張した
又吉直樹の学歴に関するよくある質問
おわりに
ここまで “ピース又吉直樹さんの小学校から高校までの学歴と経歴(サッカーが凄い!)” について、学校ごとに整理し直してご紹介してきました。
大阪代表になる程、サッカーが巧いというのは意外でしたが、大の読書好きであったり、国語の偏差値が75であったり、作家という肩書にもうなずける経歴を持った又吉さん。
学歴は、偏差値の序列ではなく、当時の本人が何を捨て、何を選んだかの“記録”です。大学推薦を断ってNSCへ行く――その決断が、のちに『火花』へつながっていった。そう考えると、又吉さんの学生時代はすでに「物語の序章」だったのかもしれません。
最後まで読んで下さりありがとうございました。
■本記事で参照した主な情報ソース
| 名前 | 又吉直樹(またよし なおき) |
|---|---|
| ニックネーム | まったん、またきち、マッピー、大先生 |
| 生年月日 | 1980年6月2日 |
| 出身地 | 大阪府寝屋川市 |
| 血液型 | B型 |
| 身長 | 164cm |
| 出身 | NSC東京校5期 |
| コンビ名 | ピース(活動休止中)/線香花火(解散) |
| 相方 | 綾部祐二 |
| 芸風 | コント、漫才 |
| 立ち位置 | 左 |
| 事務所 | 吉本興業 |
| 活動時期 | 2000年 – |
| 同期 | NON STYLE、スーパーマラドーナ、平成ノブシコブシ、5GAP、キングコング、なかやまきんに君、南海キャンディーズ山里さん、ウーマンラッシュアワー村本さん |
| 過去の代表番組 | 『又吉直樹のヘウレーカ!』 『オイコノミア』 |
| 作品 | 小説『火花』 |
| 他の活動 | 作家・俳優 |
| 配偶者 | 未婚 |
| 弟子 | オードリー春日俊彰 |
| 受賞歴 | 芥川龍之介賞(2015年) |

