ナオト・インティライミ の出生と幼少期・高校や大学の偏差値とデビューから現在に至る迄の軌跡

Uncategorized

2021年11月26日公開の映画『ミラベルと魔法だらけの家』の日本版エンドソングアーティストに決定し”ディズニーの曲を歌うのは夢の1つ”としていたナオト・インティライミさん。

さらに本編にも声優として吹替デビューをしました。

そんな ナオト・インティライミさん の出生と幼少期、卒業した高校や大学の偏差値。

またデビューから現在に至る迄の軌跡をご紹介致しますね。

スポンサーリンク

ナオト・インティライミさんの出生から中学まで

1979年8月15日三重県亀山市でナオトさんは生まれ、千葉県野田市で育ちます。


家族構成は、ご両親と兄の4人家族。

小学生から中学生までのナオトさんはどんな少年だったのでしょうか?時系列で紹介していきますね!

ナオト・インティライミさんの小学生時代

小学校は「千葉県野田市立南部小学校」へと進学しています。

小学生時代のナオト・インティライミさんは、やんちゃな子供だったそうで、虫取りやザリガニ採りが好きで、朝から晩まで外で遊んでいたそうです。

小さい頃はすり傷や切り傷が絶えない、実にやんちゃな子どもでした。ひと言で例えるなら「野猿」かな(笑)。

木登りやカブトムシ取り、ザリガニ釣りが大好きで、朝から晩まで外で遊んでいました。

もちろん体を動かすことが得意で、サッカー選手になるのが夢でした。

掲出元 大學新聞 第18号(平成25年4月30日発行) ミュージシャン ナオト・インティライミさん


実際サッカーを始めたのは小学校の頃。

小中学生を通して柏レイソルのジュニアユースチームの所属選手として活躍していました。

またサッカー選手を夢見る傍らで、ミユージシャンの片鱗ものぞかせていたのもこの頃。

子供のころから歌うことはすごく好きで、学校の掃除時間に歌ったりしては、先生に怒られていました。

歌いすぎで声が枯れていて、常にハスキーな少年でした。

まぁ、よくしゃべっていたから説もありますけど(笑)。

めちゃくちゃ歌がうまかったわけではないんですけど、光GENJIとかマイケル・ジャクソンとかの新曲が出ると、すぐに覚えて歌っていた少年でしたね。

掲出元 大學新聞 第18号(平成25年4月30日発行) ミュージシャン ナオト・インティライミさん

掃除時間に歌っていたなんてやんちゃな性格も発揮されていたんですね!

ナオトインティライミさんの中学校時代

中学校は野田市立南部中学校に進学。

ここでしっかりと音楽に目覚めます。

歌は昔から大好きで、親戚のおじがギターを弾く姿を見て「かっこいいな」とおぼろげながらに思っていました。

中学2年生の時、サッカー仲間がギターを弾いてるのを見て「俺もやりたい!」と、ギターを始めたのが、しっかりと音楽に目覚めたきっかけだったな。

ギターを弾くようになって1カ月後にはもう曲を作っていました。

掲出元 大學新聞 第18号(平成25年4月30日発行) ミュージシャン ナオト・インティライミさん

ギターを習って1ヶ月で曲作りとは流石ナオトさんですね!

ナオト・インティライミさんの高校と大学

小学校からサッカー選手になる事を目指していたナオトさんでしたが、高校から大学と進むにつれ、次第にミユージシャンの世界を目指して行きます。

ナオト・インティライミさんの高校の偏差値は?

ナオト・インティライミさんの高校は中央大学付属高等学校です!

偏差値は驚きの70!

偏差値70とは例えば100人中上位2.3%の成績。何せ100人中ですからクラスの中の一番の出来杉君が必ずしも70以上とは言えないレベル。全国平均では151位の高校です。

高く見えている壁でも、目の前に行ってみたら自動ドア

高校に入学してすぐに出会った担任の先生の言葉がいまでも忘れられません。

二者面談で将来のことを聞かれ、「ずっとサッカーをやってきたけれど、音楽の道を進む夢が膨らんできている」と答えました。

「音楽一筋で食べていくのは、雲をつかむような夢のまた夢の話ですよね」―。

そう自信なさげに話す私に、先生は言ってくれました。「そんなのは分からない、どんなに高く見えている壁でも、目の前に行ってみたら自動ドアかもしれないよ」、と。
その言葉が胸にズドーンと突き刺さり、「先生、俺音楽やります!!」と宣言しました。

本気で音楽の世界を目指すことを決意したのは、そんな先生の後押しもあったからなんです。

掲出元 大學新聞 第18号(平成25年4月30日発行) ミュージシャン ナオト・インティライミさん


それからは本格的にミュージシャンを目指したナオトさん。作曲した曲で路上ライブを行う等一挙にミュージシャンの卵が孵化した様です。

ナオト・インティライミさんの大学は?

ナオト・インティライミさんの大学は 中央大学文学部社会学科社会学コース(現:人文社会学科社会学専攻)偏差値 55.0~60.0です。

 

中央大学で軽音楽とサッカーの同好会に入っていた私は、学部を越えた友人もたくさんできました。昼休みに文学部棟から学食に行こうとすると、次から次に友人が声をかけてきて、立ち話が弾んで学食までたどり着けないの…

掲出先: 中央大学 connectWebより

常に明るいナオトさんは大学でも人気者で通っていた様です。

相変わらずサッカーもつづけていましたが、柏レイソルで鍛えていたその実力は確かなもので、後述の世界28カ国「世界一周の旅」ではエジプトでその実力を買われ、プロにならないかとのオファーに真剣に悩んだとか。

もしかしたら、エジプト経由で日本A代表選手になっていたかもしれませんね。

大学在学中に芸能界デビュー

2001年、中央大学在学中にソニー・ミュージックレコーズから「なおと」の名前で「Growing up !!」メジャーデビューします。

その後3枚のシングル、1枚のアルバムをリリースして大学を卒業します。

デビューから現在に至るまでの軌跡

デビュー後の挫折から世界28カ国「世界一周の旅」を慣行

周りの人はみんな「おめでとう!」って歓迎してくれたけど、テレビは出てないし売れてもいないから、だんだん恥ずかしくなって、デビューしたと言えなくなってしまって。

自分の思い描いていたイメージとは違ったんだね。

「やってやろう!」という負けないパッションもパチンと切れちゃって、その頃が一番キツかったかもしれないな。

いろいろ落ち込むような出来事も続いたし、8カ月くらい引きこもっちゃって

1人部屋で膝を抱えてたよ

掲出元 音楽 ナタリー

デビューはしたものの自分が思い描いていたミユージシャンのイメージとかけ離れていた事により落ち込む日々が続いたナオトさん。


現在、自分の全財産は208万円…。

このまま何もせず引きこもっていたらこのお金も消えて行くのみ。

それよりも海外で宿を選んでまわれば1年半の滞在費は17万円で済むことを知り、日本でくすぶっているより海外行こう!

そしてリセットしようと2003年8月から2004年末まで、世界28カ国「世界一周の旅」を慣行します。

2回目のデビュー前にナオト・インティライミに名前を変更

「なおと」の名前からナオト・インティライミに変えると言った時、「名前が長すぎる」「『インティ』が発音しづらい」と当時のスタッフ全員に反対されたナオトさん。

でもこの名義には特別の思い入れがあったんですね。

あの頃1回目のデビューに失敗しちゃって、2回目のデビュー前に世界旅行をしたんだよね。

同じ失敗をしないよう、まず自分をパワーアップさせて、胸を張って再デビューできるよう世界一周の旅に出たんです。

その旅をしているとき、どんな名義にしようかずっと考えていたんだけど、
ウユニ塩湖で見た太陽にもう圧倒されて。

涙が出たし、その存在に憧れて「俺も太陽になりたい」と思ったよね。

燦々と光るだけじゃなくて、日が昇るときの期待感や沈むときの物寂しい感じ、それらを全部ひっくるめて「こんな存在になりたい」「そんな音楽を作っていきたい」と強く感じました。

それで現地の人に太陽のことをなんと呼ぶか聞いてみたら「インティ」だと教えてくれて。

それと一緒に「インティライミって知ってるか? 『太陽のお祭り』というインカの祭事があるんだ」って聞いたとき、「『インティ』で太陽、『ライミ』でお祭り……なんかカッコいいね」みたいな感じで、すごくしっくり来たんだね。                       

 掲出元: 音楽 ナタリー

帰国後、2005年4月:ナオト・インティライミ名義として活動を開始します。

この頃、サッカーを通じたミュージシャンとの交流もあり、Mr.Childrenの桜井和寿さんと一緒にプレイした際に自作のCDを渡したことから、桜井和寿さん親しくなったナオトさん。

2008年:ap bank fes ’08に Mr.Children のコーラスとして参加し、翌。2009年:Mr.Childrenのライブツアー『Mr.Children DOME TOUR 2009 SUPERMARKET FANTASY』に帯同、活動の場を広げます。

そして3回目のデビューから現在まで

2010年4月 :メジャーレーベル初のシングル「カーニバる?」をリリースして3回目のデビューを果たします(カップリング曲の「風になれ」は、仙台カップ国際ユースサッカー大会の公式応援ソング)。


その後の活動はほぼ、順風満帆。

知名度も日本はおろか世界にも名を馳せるミュージシャンとなり、現在に至ります。

  • 2012年12月31日:第63回NHK紅白歌合戦に初出場。歌唱曲は「Brave」
  • 2013年:音楽ドキュメンタリー映画『ナオト・インティライミ冒険記 旅歌ダイアリー』初出演。
  • 2014年: FIFAワールドカップブラジル大会関連の番組に多数出演
  • 2015年:映画『神様はバリにいる』出演。
  • 2015年:6月10日: 初のベストアルバム『THE BEST!』発売
  • 2015年12月23日:京セラドームにて、自身初のドーム公演
  • 2016年1月10日:ミュージカル『DNA-SHARAKU』に主役で出演
  • 2017年1月:自分の原点に立ち返るため、世界を回る旅に出ることを宣言。約半年間、世界19ヵ国の旅を経て7月10日開催のスペシャルLIVE「ナオトの日」にて完全復活。
  • 2017年:TBSドラマ「コウノドリ」にも出演を果たした。
  • 2018年3月から:自身初となる全国47都道府県弾き語りツアーを開催
  • 2018年12月:7枚目のアルバム「7」を発売
  • 2018年年末:ナゴヤドームにて約3年ぶりのドーム公演を開催
  • 2019年8月:22ndシングル「まんげつの夜」がフジテレビ「痛快TVスカッとジャパン“ファミリースカッと”」のテーマ曲に起用される
  • 2019年世界三大レーベルのうちのひとつである「ユニバーサルミュージック ラテン」から「Naoto」名義で世界デビューした。
  • 2019年9月:31公演のホールツアーを開催
  • 2020年:初の生配信ライブを実施
  • 2020年10月:初のEP「オモワクドオリ」を発売

まとめ

ここまでナオト・インティライミ さんの出生と幼少期、卒業した高校や大学の偏差値。

またデビューから現在に至る迄の軌跡をご紹介してきました。

行き詰ってネガティブになっても海外に行って活路を見出して来たナオトさん。

この先も目が離せませんね。

最後まで読んで下さりありがとうございました。

♦ナオト・インティライミプロフィール
出生名 :中村 直人(なかむら なおと)
生年月日:1979年8月15日
出生地:三重県亀山市
身長:172cn
血液型:A型
ジャンル :J-POP
活動期間 :2001年
公式サイト: ナオト・インティライミ公式サイト

コメント

タイトルとURLをコピーしました