【スピードスケート・新濱立也】身長その他を徹底リサーチ

スポーツ選手

1984年サラエボから2002年ソルトレイクシティまで6大会連続でメダルを獲得してきた日本の男子スピードスケート500mですが、2006年のトリノはゼロ。

2010年のバンクーバーでは長島 圭一郎が銀、加藤 条治が銅メダルに輝いたものの、最近の2大会(2014年:ソチ・2018年:平昌)では、メダルを逃して来ました。
しかし、今大会の北京では新たなメダリストが生まれるかも。

その選手の名は新濱立也さん。今回は”【スピードスケートの新濱立也】身長その他を徹底リサーチ”というテーマで解説していきますね!

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【スピードスケートの新濱立也のwiki】

新濱立也さんの身長と体重と家族

新濱さんの身長は183㎝で体重89kgとかなり恵まれた体格。

家族は両親・姉・兄の5人家族。

新濱さんが尊敬している父親は漁師で、朝が早く、新浜さんが寝ているうちに漁に出ていましたが、漁から引き揚げて戻ってくると、スケートの練習場まで新濱さんを送迎してくれた優しい父親。

また、2歳年上の兄もスケートやっており、新濱さんも兄に倣って始めたそうです

新濱立也さんの出生と幼少期

1996年7月11日新濱さんは、北海道野付郡別海町で生まれます。

別海町は、北方領土の国後島からもほど近い北海道の東の端。

キタキツネやタンチョウが生息する別海は、車走らせていると、鹿がぶつかってくる事もある程自然豊かなところ。

また、約1万5千人の人口に対して、飼育されている牛は約12万頭と牛が人の8倍と酪農も盛んな町なんですね。

 

小中学生時代

小学校時代

新濱さんの小学校は、別海町立野付小学校。
別海町は、オホーツク海にも面しており、魚も豊富。
新濱さん自身も「毎日のように、休日は12時間くらいカレイを狙っていた」というほどの釣り好きでした。

そして前述のとおり、お兄さんに倣って3歳でスケートを始めた新濱立也さん。

最初のうちは”遊び”としてスケートに親しんでいましたが、その魅力に取り込まれて、小学校からは競技スケートとして地元のスケートクラブ「別海スケート少年団白鳥」に所属し、練習に励む日々を送ります。

コーチからの信頼も厚く、「滑るというより走るようなフォーム」と言われる程、筋が良く、勝利を重ねていったそうです。

※因みにこのクラブには、北京オリンピックで、やはり代表に選出された同郷で4つ年下の森重 航(もりしげ・わたる)さんも所属していました。

中学校時代

新濱さんの中学校は、別海町立野付中学校。

中学では3年生の時に【第32回全国中学生スケート大会】に出場して、6位入賞を果たしています。

高校と大学

高校時代

新濱さんの高校は、北海道釧路商業高等学校

3年次の第64回全国高等学校スピードスケート選手権大会では500m[5]/1,000m[6]で優勝し、二冠王となる[3]。同じく高校3年次のJOCジュニアオリンピックカップ 第38回全日本ジュニアスピードスケート選手権大会では男子1,000mで優勝した。

大学入学から現在まで

新濱さんの大学は、高崎健康福祉大学

【日本学生氷上競技選手権大会】では大学2年生の時から3連覇を達成しましたが、平昌五輪選考会では自己ベストながら4位となり選考から脱落。

しかし、翌2019年3月9日、ワールドカップ最終戦において初日の男子500mで33秒83をマーク、その時点で世界新記録となったんですが、直後にパヴェル・クリズニコフ【ロシア】が33秒61を出し、新濱の記録を更新してしまいます。

しかし、前述の加藤条治が持っていた34秒21の日本記録は更新。翌日の最終日では33秒79を出して日本記録を更に塗り替えています。

オリンピック前夜に好記録

北京五輪のスピードスケートの本番会場で2022年2月5日に行われた記録会では、各国・地域が参加する中、(日本からは男女500メートルの5選手が参加)新濱さんが34秒38と参加選手中トップの成績でした。

因みに、村上右磨(高堂建設)が34秒46、森重航(専大)が34秒53で、いずれもメダルを狙える好記録、24年ぶりの金メダルも大いに期待されています。

まとめ

ここまで【スピードスケートの新濱立也】身長その他を徹底リサーチ”というテーマで解説して来ました。

新濱立也さん。更なる成長を期待しています。

最後まで読んで下さりありがとうございました。

新濱立也(しんはま たつや)プロフィール
生年月日:1996年07月11日
身長体重:183cm 89kg
出身地:北海道
出場予定種目:スピードスケート男子1000メートル,スピードスケート男子500メートル
主な戦績:20年世界距離別選手権500メートル3位,20年世界スプリント選手権総合優勝,19年世界スプリント選手権総合2位

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