桂福丸さんの出生と幼少期、卒業した高校や大学の偏差値とデビューから現在に至る迄の軌跡

偏差値(高校・大学)芸能界入り(きっかけ)

桂福丸さんといえば京大卒の超高学歴落語家として古典落語を中心に、創作落語も演じ、高座・メディアにて幅広く活躍中の落語家。

また、英語落語を学び、アメリカでも公演を行う等新境地も開拓。

今回はそんな ”桂福丸さんの出生と幼少期、卒業した高校や大学の偏差値とデビューから現在に至る迄の軌跡”をご紹介致しますね。

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桂福丸さんの出生と幼少期

”桂福丸さんは1978年4月29日兵庫県神戸市東灘区に生まれます。

桂福丸さんの小学校

桂福丸さんの小学校は、東灘区本山第二小学校です。

落語との出会いはこの頃。

小学校の時から落語は好きでしたね。子どもの本で、とんち話やなぞなぞみたいなものがありますよね? その流れで落語の本とかもありまして、好きで読んでいるうちに、テレビで『枝雀寄席』なんかを見るようになりました。
掲出先: KOBECCO ( https://kobecco.hpg.co.jp/26465/)

またこの頃は毎年だんじり祭りに参加していたそうです。

家から山もすぐでしたし、住吉川を歩いていけば海もありますし、まぁそんなのが普通と思っていましたから、岡本の梅林で遊んだり、住吉川に水がまだ沢山流れていましたから泳いだり、あと意外とあの辺りは『だんじり』が多く…。大人ではなく子どもが引いて行くもので、終わるとお菓子がもらえて、子どもの時は毎年参加していましたね。
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その後、小5から大手塾に通い始めて中学受験に備えます。

桂福丸さんの中学校

桂福丸さんの中学校は灘中学校です。

偏差値は73と、兵庫県内144校中1位、全国2,237校中でも1位の偏差値です

中高完全一貫教育を採用した男子校で、中学入学と同時に担任団が編成され、中高6年間同じ担任団が指導します。

中学時代は。硬式テニス部に所属していましたが、、中3の時に団体戦で全国大会に出場しベスト16まで進出しています。

頭脳明晰に加え、運動神経も格別だった様ですね!

桂福丸さんの高校と大学

桂福丸さんの高校と偏差値は?

桂福丸さんの高校は灘高等学校。桂福丸さんの場合は中学からの内部進学生でした。(因みに高校から入学することもできます)

桂福丸さんの高校の偏差値は?

偏差値は驚きの78

偏差値78とは例えば100人中上位0.4%の成績の猛者の中の猛者が集うハイパー頭良い高校!全国平均では7位の高校です。凄すぎですよね~😅

そして高校時代にあの未曾有の災害、阪神大震災に見舞われ、自宅が半壊した為、近くの中学校の校庭にテントを張り避難生活を余儀なくされてしまいます。

ひと月あまりのテント生活で、極限状態でも笑顔でいる大人たちに感銘を受け、この頃から、人を笑顔にする職業は何かを模索し始めた福丸さん。

加えて。文化祭や体育祭をきっかけに舞台に立つことに興味が湧き、大学には進まず舞台に立つ仕事をしたいと考えますが、両親から説得され京都大学法学部に進学します。

桂福丸さんの大学は?

福丸さんさんの大学は京都大学法学部です。

桂福丸さんの大学の偏差値は?

偏差値は67.5

67.5の偏差値は法学部での偏差値としては最高値で、公立大学では「東京大学」「一橋大学」「筑波大学」と同一。私立大学では「早稲田大学」「慶応義塾大学」「上智大学」「国際基督教大学」と同レベルです。

改めて見ると弁護士や検事等の出身者が多い一流大学なんですね!

桂福丸さんの芸能界デビューのきっかけ

京都大学という難関大学に進学した後も、自身の進む道は何処なのかを考えあぐねていた福丸さんは、大学卒業後、すぐに就職せず、フリーターをしながら吉本総合芸能学院(NSC)に入学。

しかし、「漫才」になじめず1年で中退。


その後は外国人パフォーマーの下で英語落語を学び、アメリカでも公演を行ったりと落語の魅力に取りつかれ、2007年2月に28歳の時、桂福團治と知り合いだったバイト先の支配人の紹介で4代目桂福団治に入門。

今は亡き作家の藤本義一氏より「福丸」という名を頂き芸能界入りします。

大学ではテニスサークルの活動に明け暮れ…憲法学の大家、佐藤幸治先生のゼミにも偶然入ることができ、そこで得た確信は「私は法律には向いていない」。

強烈な体験から私は、人には合う仕事と合わない仕事がある、と考えるようになった。

卒業してフリーターを経た私は6年後、師匠となる福団治と出会い入門。

強烈な個性の集まりであった京大で自然と、「自分とは何者なのか」を考える癖をつけてもらっていたお蔭である。

掲出先:Copyright © Kyoto University. All Rights Reserved.(https://125th.kyoto-u.ac.jp/alumni/03/)

桂福丸さんのデビューから現在に至るまでの軌跡

桂福丸の芸能界デビューは、桂福団治に入門した2007年の3月9日に大阪府高石市の高石アプラホールの舞台が最初で、出し物は「桃太郎」。

入門からわずか1か月での高座でした。

以降は上方落語の定席の一つで、落語を中心に、漫才、俗曲などの色物芸の興行が連日執り行われている天満天神繁昌亭ほか、各地の落語会に出演。
寄席では古典落語を中心に演じています。


そして2013年以降、高校の先輩の伝手で、音楽プロデューサーの高嶋弘之(バイオリニスト高嶋ちさ子の父)と知り合った事から、落語とクラシックがコラボレーションした「寄席CLASSICS」を開催する等、着実に実績を積み上げ現在に至ります。

まとめ

ここまで”桂福丸さんの出生と幼少期、卒業した高校や大学の偏差値とデビューから現在に至る迄の軌跡 ”をご紹介してきました。

桂福丸さん。

この先も更なる活躍を期待しています。

最後まで読んで下さりありがとうございました。

♦桂福丸プロフィール♦
本名: 中野 正夫(なかの まさお)
生年月日 :1978年4月29日
出生地 :兵庫県神戸市
師匠 :四代目桂福団治
出囃子 :銀のぴらぴら
活動期間 :2007年 –
受賞歴:
文化庁芸術祭新人賞(平成28年度)
花形演芸大賞銀賞(平成29年度)
備考:
上方落語協会会員

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